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阿含経十二因縁釈

作者: 釋生如 カテゴリ: 二乗の解脱 更新時間: 2025年09月17日 閲覧数: 3089

第二節  長阿含経巻一(十二因縁)

原文:佛告比丘。太子见老病人。知世苦恼。又见死人。恋世情灭。及见沙门。廓然大悟。下宝车时。步步中间。转远缚着。是真出家。是真远离。

解釈:仏は諸比丘たちに告げて言われた:毘婆尸仏が太子であった時、宮廷の四つの大門から出た時、老人と病人を見て、世間は苦悩であることを知り、さらに死人を見た時、世間を恋い慕う情が滅し、その後出家した沙門を見て、廓然として大悟した。宝車から降りる時、一歩一歩の間に、縛着から次第に遠ざかっていった。これこそ真の出家であり、真の遠離である。

これを善根と呼び、無量億劫の修持の結果であり、これこそ仏陀の再現であり、世間に一触れしただけで、世間の苦を知り、しかも速やかに煩悩の結縛から遠ざかり、世間の真諦を徹悟し、心が出家し、その後身も出家したのである。一方、善根の浅い凡夫の衆生は、世間でどんな事に遭遇しても、心は麻痺して覚らず、世間の苦・空・無常・無我を知らず、世間の貪瞋痴の煩悩に随順し、煩悩業を造作し、生死の流れに逐われていく。

原文:时彼国人。闻太子剃除须发。法服持钵。出家修道。咸相谓言。此道必真。乃令太子。舍国荣位。捐弃所重。于时国中。八万四千人。往就太子。求为弟子。出家修道。佛时颂曰。撰择深妙法。彼闻随出家。离于恩爱狱。无有众结缚。

解釈:この時、国内の人民は太子が鬚髪を剃り除き、出家服を身にまとい、鉢盂を手に持って出家修道したと聞いて、みな互いに告げて言った:修道ということは必ずや非常に真実なものであるに違いない、それゆえ太子は国王の栄華富貴を捨て、背負っていた重荷を棄てたのだと。そこで国中の八万四千人が太子のもとへ駆けつけ、弟子となることを求めて出家修道した。仏はそこで一つの頌を説いた:毘婆尸太子はその甚深微妙な解脱法に出遇い、聞いた後すぐに出家修道し、世間の恩愛の地獄を離れ、もはや数多くの生死の結縛はなくなった、と。

原文:于时太子。即便纳受。与之游行。在在教化。从村至村。从国至国。所至之处。无不恭敬。四事供养。菩萨念言。吾与大众。游行诸国。人间愦闹。此非我宜。何时当得。离此群众。闲静之处。以求道真。

解釈:そこで太子は当時すぐにこれらの弟子を受け入れ、彼らとともに諸方を遊行して衆生を教化し、一つの村から一つの村へ、一つの国から一つの国へと、行く先々で、民衆は恭敬しない者はなく、飲食・衣服・臥具・医薬などの四事で供養した。太子菩薩は心に念じて言った:私は大衆とともに諸国を遊行しているが、人間はこのように憒鬧であり、これは私のいるべき所ではない。私はいつになったらこれらの人衆を離れ、閑静な所で修行し、真の道果を得ることができるだろうか、と。

原文:寻获志愿。于闲静处。专精修道。复作是念。众生可愍。常处闇冥。受身危脆。有生有老。有病有死。众苦所集。死此生彼。从彼生此。缘此苦阴。流转无穷。我当何时。晓了苦阴。灭生老死。

解釈:まもなく願いが満たされ、閑静な所を見つけて、専ら精進して修道した。太子菩薩は心にまたこのような念想を起こした:衆生は憐れむべきものであり、常に黑暗の幽冥の所にあり、感得した色身は脆弱で危険であり、生・老・病・死という数多くの苦悩が集積し、ここで死んであそこで生じ、またあそこで死んでここで生じ、彼らはこのような苦受陰を執取して、生死の中を流転して窮まりがない。私はいつになったら苦陰を明らかに了知し、生・老・病・死を滅除することができるだろうか、と。

世尊のこの叙述から見て取れるように、諸仏菩薩は歴劫の修道の過程において、最初はみな人のいない僻静の所で一人精進専修し、人々の中の憒鬧を遠ざけ、成就を修出した後に初めて人々の中で教化し、衆生を度脱するのである。なぜなら道は寂静の中で得られるのであり、寂静は慧を生じさせ、寂静は三昧 (samādhi) を得ることができるからである。それゆえ、修行において成就のある人はすべて独り静修の段階を経ており、世俗の貪瞋痴と憒鬧を遠ざけ、名聞利養を遠ざけ、心が清浄 (viśuddha/pariśuddha) になって初めて道に入ることができるのである。

原文:复作是念。生死何从。何缘而有。即以智慧。观察所由。从生有老死。生是老死缘。生从有起。有是生缘。有从取起。取是有缘。取从爱起。爱是取缘。爱从受起。受是爱缘。

解釈:太子が修道していた時、心にまたこのような念想が現れた:生死はどこから来るのか?どのような因縁によってあるのか?この疑惑を破除するために、智慧をもって生死の来由を観察し、最後に証得した:老死は生から来り、生は老死が出生する因縁である;生は三界有から来り、有は生という現象が出生する因縁である;有は執取 (upādāna) から生じ、執取は有が出生する因縁である;取は愛から来り、愛は取が出生する因縁である;愛は受から来り、受は愛が出生する因縁である。

原文:受从触起。触是受缘。触从六入起。六入是触缘。六入从名色起。名色是六入缘。名色从识起。识是名色缘。识从行起。行是识缘。行从痴起。痴是行缘。

解釈:受は触から来り、触は受が出生する因縁である;触は六入処 (ṣaḍāyatana) から来り、六入は触が出生する因縁である;六入は名色の上から生じ、名色は六入が出生する因縁である;名色は六識から来り、六識は名色が出生する因縁である。六識は意根の行から来り、行は六識が出生する因縁である;行は意根の無明から来り、無明は行が出生する因縁である。

原文:是为缘痴有行。缘行有识。缘识有名色。缘名色有六入。缘六入有触。缘触有受。缘受有爱。缘爱有取。缘取有有。缘有有生。缘生有老病死、忧悲苦恼。此苦盛阴。缘生而有。是为苦集。菩萨思惟。苦集阴时。生智生眼。生觉生明。生通生慧生证。

解釈:これがすなわち、愚痴に縁って行があり、行に縁って六識の業種があり、六識の業種に縁って後世の名色があり、名色に縁って六入があり、六入に縁って触があり、触に縁って受があり、受に縁って愛があり、愛に縁って取があり、取に縁って有があり、有に縁って生があり、生に縁って老・病・死・憂悲苦悩 (śoka-parideva-duḥkha-daurmanasyopāyāsa) があるということである。この苦盛陰は生に縁ってこそ現れるのであり、これが苦集である。太子菩薩が苦陰の集を思惟した時、縁生智が生じ、清浄な法眼が生じ、覚悟が生じ、明達が生じ、通明が生じ、智慧が生じ、明証が生じた。

原文:于时菩萨。复自思惟。何等无故老死无。何等灭故老死灭。即以智慧。观察所由。生无故老死无。生灭故老死灭。有无故生无。有灭故生灭。取无故有无。取灭故有灭。爱无故取无。爱灭故取灭。受无故爱无。受灭故爱灭。触无故受无。触灭故受灭。六入无故触无。六入灭故触灭。

解釈:この時菩薩はまた独りで思惟した、どのような法がなくなれば老死は消滅するのか、どのような法が滅すれば老死は滅するのかと、この問題を明らかにするために、太子菩薩は智慧をもって老死滅の縁由を観察し、最後に証得した:生がなければ老死はなく、生が滅すれば老死は滅する;三界有がなければ生はなく、有が滅すれば生は滅する;取がなければ有はなく、取が滅すれば老死は滅する;愛がなければ取はなく、愛が滅すれば取は滅する;受がなければ愛はなく、受が滅すれば愛は滅する;触がなければ受はなく、触が滅すれば受は滅する;六入がなければ触はなく、六入が滅すれば触は滅する;

原文:名色无故六入无。名色灭故六入灭。识无故名色无。识灭故名色灭。行无故识无。行灭故识灭。痴无故行无。痴灭故行灭。是为痴灭故行灭。行灭故识灭。识灭故名色灭。名色灭故六入灭。六入灭故触灭。触灭故受灭。受灭故爱灭。爱灭故取灭。取灭故有灭。有灭故生灭。生灭故老死。忧悲苦恼灭。菩萨思惟。苦阴灭时。生智生眼。生觉生明。生通生慧生证。

解釈:名色がなければ六入はなく、名色が滅すれば六入は滅する;六識の業種がなければ名色はなく、六識の業種が滅すれば名色は滅する。身口意行がなければ六識の業種はなく、身口意行が滅すれば六識の業種は滅する;無明がなければ身口意行はなく、無明が滅すれば身口意行は滅する。それゆえこう言う:無明滅するが故に行は滅し、行滅するが故に六識は滅し、六識滅するが故に名色は滅し、名色滅するが故に六入は滅し、六入滅するが故に触は滅し、触滅するが故に受は滅し、受滅するが故に愛は滅し、愛滅するが故に取は滅し、取滅するが故に有は滅し、有滅するが故に生は滅し、生滅するが故に老死・憂悲苦悩は滅する。太子菩薩が苦陰の滅を思惟した時、因縁智が生じ、法眼が生じ、覚悟が生じ、明達が生じ、通明が生じ、智慧が生じ、明証が生じた。

原文:尔时菩萨。逆顺观十二因缘。如实知。如实见已。即于座上。成阿耨多罗三藐三菩提。佛时颂曰。此言众中说。汝等当善听。

解釈:この時太子菩薩は順に十二因縁を観行 (vipaśyanā-caryā) し、逆に十二因縁を観行した後、如実に十二因縁法を証知し、如実の正見正智が生じ、如実に十二因縁法を見証した後、法座の上で阿耨多羅三藐三菩提を成就した。仏はこの時一つの偈頌を説いた:私が大衆の中で説いたこれらの法を、あなたがたは善く聴聞すべきである、と。

原文:过去菩萨观。本所未闻法。老死从何缘。因何等而有。如是正观已。知其本由生。生本由何缘。因何事而有。如是思惟已。知生从有起。取彼取彼已。展转更增有。是故如来说。取是有因缘。

解釈:過去において、菩薩はかつて聞いたことのない十二因縁法を観行した、老死はどのような因縁によって生起するのか、どのような因縁によってあるのかと?このように正観した後、老死は本来生によって現起することを知った;生は本来どのような因縁によって現起するのか、どのような縁故によってあるのかと?このように思惟した後、生は三界有から生起することを証得した。諸法を取着した後、輾転してさらに有を堅固にした、それゆえ如来は取は三界有の因縁であると説いたのである。

原文:如众秽恶聚。风吹恶流演。如是取相因。因爱而广普。爱由于受生。起苦罗网本。以染着因缘。苦乐共相应。受本由何缘。因何而有受。以是思惟已。知受由触生。触本由何缘。因何而有触。如是思惟已。触由六入生。

解釈:多くの汚穢で不浄なものが一つ所に集まると、風が吹けば悪穢物は流散するが、諸法相の取着の因縁もこのようであり、貪愛によって広く流布する;貪愛は受の因縁によって出生し、受は苦悩の羅網を生起する根本である;諸法を貪染する因縁によって、苦楽の受が生じて染汚と相応し、受は本来どのような因縁によって生起したのか、どのような因縁によってある受なのか?菩薩はこの因縁を思惟し、その後受は触の因縁によって生起することを証知した;触は本来どのような因縁から生まれたのか、どのような因縁によってある触なのか?このように思惟した後、触は六入の因縁によって生まれたことを証知した。

原文:六入本何缘。因何有六入。如是思惟已。六入名色生。名色本何缘。因何有名色。如是思惟已。名色从识生。识本由何缘。因何而有识。如是思惟已。知识从行生。行本由何缘。因何而有行。如是思惟已。知行从痴生。

解釈:六入は本来どのような因縁によって生起したのか、どのような因縁によってある六入なのか?このように思惟した後、六入は名色の因縁によって生起したことを証知した;名色は本来どのような因縁によって生起したのか、どのような縁故によってある名色なのか?このように思惟した後、名色は六識の業種の因縁によって出生したことを証得した;六識の業種は本来どのような因縁によって生起したのか、何によってある六識の業種なのか?このように思惟した後、六識の業種は身口意行の因縁から生起したことを証知した;身口意行は本来どのような因縁によって生起したのか、どのような因縁によって行があったのか?このように思惟した後、行は愚痴の因縁から出生したことを証知した。

原文:如是因缘者。名为实义因。智慧方便观。能见因缘根。苦非贤圣造。亦非无缘有。是故变易苦。智者所断除。若无明灭尽。是时则无行。若无有行者。则亦无有识。若识永灭者。亦无有名色。名色既已灭。即无有诸入。若诸入永灭。则亦无有触。若触永灭者。则亦无有受。

解釈:以上のような因縁法を、真実義理の因縁法と呼ぶ。智慧方便をもって観察すれば、因縁法の根本を見ることができ、それは無明愚痴である。生・老・病・死の苦は聖賢人が造作したものではなく、また縁もなくしてあるものでもない、それゆえ智者は生滅変異する生・老・病・死の苦を断除するのである。もし無明が滅尽すれば、行はなくなる;もし行がなければ、六識の業種もない;もし六識の業種が永遠に滅尽すれば、名色も再びないだろう;名色がすでに滅尽した以上、六入は再びない;もし六入が永遠に滅尽すれば、触も再びないだろう;もし触が永遠に滅尽すれば、受も再びないだろう。

原文:若受永灭者。则亦无有爱。若爱永灭者。则亦无有取。若取永灭者。则亦无有有。若有永灭者。则亦无有生。若生永灭者。无老病苦阴。一切都永尽。智者之所说。十二缘甚深。难见难识知。唯佛能善觉。因是有是无。

解釈:もし受が永遠に滅尽すれば、愛も再びないだろう;もし愛の因縁が滅尽すれば、取も再びないだろう;もし取が永遠に滅尽すれば、三界有は再びないだろう;もし有が永遠に滅尽すれば、生は再びないだろう;もし生が永遠に滅尽すれば、老と病の苦陰は再びないだろう。一切の世間法はここから永遠に滅尽する、これが智者の所説である。十二因縁法は甚深であり、出会うことが難く、また認識し証知することも難く、仏のみが一切法の生起する因が有なのか無なのかを善く覚ることができる。

原文:若能自观察。则无有诸入。深见因缘者。更不外求师。能于阴界入。离欲无染者。堪受一切施。净报施者恩。若得四辩才。获得决定证。能解众结缚。断除无放逸。色受想行识。犹如朽故车。能谛观此法。则成等正觉。如鸟游虚空。东西随风游。菩萨断众结。如风靡轻衣。

解釈:もし自ら現前に十二因縁法を観察することができれば、根本的に六入というような法はないことを知るであろう、因縁法を深く諦察できる人は、再び外に師を求めることはなく、法こそが師であり、法に依って修行すれば解脱を得ることができる。五陰 (pañca-skandha)・十八界・六入の上で貪欲を離れ染汚のない人こそ、一切の布施 (dāna) を受ける資格があり、清浄に布施者の恩徳に報いることができる。もし四種の無礙の弁才を得ることができれば、因縁法に対して最終決定的な証明を得ることができ、一切の煩悩の結縛を解き、一切の煩悩を断除し、精進修行して再び放逸することはなくなるだろう。色・受・想・行・識の五陰は腐朽壊敗した古車のようであり、この法を諦観できる人は、等正覚を成就することができ、その後は自由な鳥のように虚空を遊翔し、あるいは東あるいは西へ風に随って遊ぶであろう。菩薩は一切の結縛を断除し、風が軽薄な衣の裾を靡かせるようである。

原文:毗婆尸闲静。观察于诸法。老死何缘有。从何而得灭。彼作是观已。生清净智慧。知老死由生。生灭老死灭。

解釈:毘婆尸仏は閑静な所で十二因縁法を仔細に観察し、老死はどのような縁故によってあるのか、どのような縁故によって滅除を得るのかを思惟した。このような観行をした後、清浄な智慧が生じ、老死は生によってこそあるのであり、生が滅すれば老死は滅することを知った。

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