四念処経講話 第二版(新修)
原文:复次。诸比丘。苦灭圣谛者何耶。对彼爱之无余离欲。灭尽舍离。弃舍解脱。无染是。复次。诸比丘。彼爱于何处舍。于何处止灭耶。于世间有可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:さらに続けてお話しします。比丘たちよ、苦滅聖諦とは何でしょうか。上述のそれらの法に対する貪愛はすでに完全に貪欲から離れ、貪愛は滅し尽くされ、捨離され、以前の貪愛はすでに棄捨され、そこから完全に解脱し、心はすでに染汚がなくなっており、これによって苦滅聖諦を証します。これは四果阿羅漢が煩悩を滅し尽くした境界であり、生死の苦から脱する能力を有し、もはや生を受けることがなくなります。さらに、比丘たちよ、これらの愛が集まっているどの場所で捨離でき、どの場所でこれらの貪愛を止滅できるのでしょうか。世間には愛すべき喜ぶべきところがあり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、以後はもはや貪愛と喜楽がなくなります。
苦滅諦を証したときには、自然に貪愛を棄捨するようになり、以前に好きで貪愛していた法は、今ではもはや好きでも貪愛でもなくなり、それならば貪愛は好きな法の場所で止息して滅し、五蘊の世間法をみな好まなくなります。
原文:何者于世间为可爱可喜耶。眼于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。耳于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至鼻于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至舌于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至身于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至意于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:どの法が世間において貪愛すべき喜楽すべきものでしょうか。眼根は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、以後は生じなくなります。乃至耳根は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至鼻根は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至舌根は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至身根は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至意根は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:色于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至声于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至香于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至味于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至触于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至法于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:色法は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至声法は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至香法は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至味法は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至触法は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至法塵は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:眼识于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至耳识于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至鼻识于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至舌识于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至身识于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至意识于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:眼識は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至耳識は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至鼻識は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至舌識は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至身識は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至意識は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:眼触于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至耳触于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至鼻触于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至舌触于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至身触于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至意触于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:眼触は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至耳触は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至鼻触は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至舌触は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至身触は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至意触は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:眼触所生之受于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至耳触所生之受于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至鼻触所生之受于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至舌触所生之受于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至身触所生之受于世间为可爱可喜。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至意触所生之受于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:眼触より生じる受は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至耳触より生じる受は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至鼻触より生じる受は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至舌触より生じる受は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至身触より生じる受は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至意触より生じる受は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:色想于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至声想于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至香想于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至味想于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至触想于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至法想于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:色法に対する取着は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。声法に対する取着は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。香法に対する取着は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至味法に対する取着は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至触法に対する取着は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至法塵に対する取着は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:色思于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至声思于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至香思于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至味思于世间为可爱可喜者此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至触思于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至法思于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:色法に対する造作は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至声法に対する造作は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至香法に対する造作は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至味法に対する造作は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至触法に対する造作は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至法塵に対する造作は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
六根と六塵が相触れると、その後に識蘊・受蘊・想蘊・行蘊が生じます。このとき往々にして五蘊に対して貪愛の心理が生じますので、貪愛を滅するには、六根が六塵に触れるときの色声香味触法上の受想行識の貪愛も滅さなければなりません。たとえば色塵上に生じた受蘊・想蘊と行蘊への貪愛は、修行の後に断じ尽くしてこそ解脱を得ることができ、声塵・香塵・味塵・触塵および法塵上の受想行蘊の貪愛もまた断じ尽くしてこそ解脱を得ることができるのです。
原文:色爱于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至声爱于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至香爱于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至味爱于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至触爱于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至法爱于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:色法に対する愛は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至声法に対する愛は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至香法に対する愛は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至味法に対する愛は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至触法に対する愛は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至法塵に対する愛は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:色寻于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至声寻于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至香寻于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至味寻于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至触寻于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至法寻于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。
解釈:色法に対する尋求は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至声法に対する尋求は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至香法に対する尋求は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至味法に対する尋求は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至触法に対する尋求は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至法塵に対する尋求は世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。
原文:色伺于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至声伺于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至香伺于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至味伺于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至触伺于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。乃至法伺于世间为可爱可喜者。此爱即于此处舍弃。于此处止灭。诸比丘。此名为苦灭圣谛。
解釈:色法を静かに伺察することは世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至声法を静かに伺察することは世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至香法を静かに伺察することは世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至味法を静かに伺察することは世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。乃至法塵を静かに伺察することは世間において貪愛すべき喜楽すべきものであり、貪愛はまさにこの場所で棄捨され、この場所で止滅し、もはや生じなくなります。比丘たちよ、これを苦滅聖諦と名づけます。
四、苦滅道諦を観じて住す
原文:复次。诸比丘。苦灭道圣谛者何耶。八支圣道。即正见。正思。正语。正业。正命。正精进。正念。正定也。
然。诸比丘。正见者何耶。诸比丘。如实知苦。知苦之集。知苦之灭。知至苦灭之道。诸比丘。此名为正见。复次。诸比丘。正思者何耶。无欲之思。无恚之思。无害之思。诸比丘。此名为正思。复次。诸比丘。正语者何耶。远离两舌远离恶口。远离妄语。远离绮语。诸比丘。此等名为正语。复次。诸比丘。正业者何耶。远离杀生。远离不与取。远离邪淫。诸比丘。此等名为正业。
解釈:さらに、比丘たちよ、苦滅道諦とは何でしょうか。八正道は苦を滅する修行の道です。八正道とは正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定です。
では、比丘たちよ、正見とは何でしょうか。苦とは何であるかを如実に知り、苦の集とは何であるかを如実に知り、苦の滅とは何であるかを如実に知り、苦滅の修道方法とは何であるかを如実に知る、これが正見です。では、比丘たちよ、正思とは何でしょうか。いささかの貪欲もない思惟、いささかの瞋恚もない思惟、いささかの悩害もない思惟、これが正思惟です。では、比丘たちよ、正語とは何でしょうか。両舌を遠離し、悪口を遠離し、妄語を遠離し、綺語を遠離する、このような語が正語です。では、比丘たちよ、正業とは何でしょうか。殺生を遠離し、不与取を遠離し、邪淫を遠離する、このような業行が正業です。
原文:复次。诸比丘。正命者何耶。诸比丘。于此。圣弟子舍邪命。依正命而营活命。诸比丘。此等名为正命。复次。诸比丘。正精进者何耶。诸比丘。于此。比丘起坚决心卖力精进。心勤注意。令不生未生之恶不善法。起坚决心卖力精进。心勤注意。远离已生之恶不善法。起坚决心卖力精进。心勤注意。令生未生之善法。起坚决心卖力精勤。心勤注意。令住已生之善法。令不惑乱。使之增长充满。修习成就。诸比丘此等名为正精进。
解釈:では、比丘たちよ、正命とは何でしょうか。比丘たちよ、世間において生存を維持するにあたり、聖弟子は不正な、他人の利益を損なうような生存資糧を求める方式を捨て、正しい、合理的かつ合法的な、他人の利益を損なわない生計の方式によって活命します。これが正命です。では、比丘たちよ、正精進とは何でしょうか。比丘は修道の過程において、勇猛心を生起させ、きわめて力を尽くして精進し、内に精勤して自心を照らし拘束し、内心にまだ生じていない悪法を生じさせないようにします。勇猛に精進し力を尽くして心を専一にし、心に精勤して自心を照らし拘束し、すでに生じた悪不善法を遠離します。
さらに勇猛な精進心を生起させ、心に精勤して自心を照らし拘束し、まだ生じていない善法を生起させます。勇猛精進心を生起させ、内に精勤して自心を照らし拘束し、心をすでに生じた善法の上に住まわせ、善法を惑乱させず、次第にその増長円満をなし、修習成就させます。比丘たちよ、これが正精進です。
原文:复次。诸比丘。正念者何耶。诸比丘。于此。比丘于身观身而住。精勤正智正念。而舍离世间之欲恼。于受观受而住。精勤正智正念。而舍离世间之欲恼。乃至于心观心而住。精勤正智正念而舍离世间之欲恼。乃至于法观法而住。精勤正智正念。而舍离世间之欲恼。诸比丘。此等名为正念。
解釈:では、比丘たちよ、正念とは何でしょうか。比丘たちよ、比丘が正念を修習し、身に於いて身を観じて住する修習をするときには、精進勤勉で、正智正念を具足し、世間の貪欲と悩害を捨離します。受に於いて受を観じて住するときには、精進勤勉で、正智正念を具足し、世間の貪欲と悩害を捨離します。心に於いて心を観じて住するときには、精進勤勉で、正智正念を具足し、世間の貪欲と悩害を捨離します。法に於いて法を観じて住するときには、精進勤勉で、正智正念を具足し、世間の貪欲と悩害を捨離します。比丘たちよ、これらの貪欲と悩害のない心念を正念と名づけるのです。
原文:复次。诸比丘。正定者何耶。诸比丘。于此。比丘去欲。离不善法。有寻有伺。由离生喜乐。达初禅而住。灭寻伺。内心安静。心成专一。无寻无伺。由定生喜乐。达第二禅而住。
解釈:さらに続けてお話しします。比丘たちよ、正定とは何でしょうか。比丘たちよ、比丘が正定を修習するときには、貪欲を取り除き、不善法を遠離し、内に粗い尋も細い伺もあり、離によって生じた喜と楽により、色界の初禅定に達して、その中に止住します。尋伺の心を取り除くと、内心は安静で恬淡となり、心は専一となり、尋もなく伺もなく、この禅定を具足したことによって喜と楽が生じ、こうして第二禅に達して、その中に止住します。
原文:更舍离喜而住。正念正智。以身感受乐。唯诸圣者说。舍此而正念乐住。达第三禅而住。其次舍乐离苦。以前所感受之喜忧皆灭故。而不苦不乐。成为舍念清净。达第四禅而住。诸比丘。此名为正定。诸比丘。此等名为苦灭道圣谛。
解釈:さらに一歩進んで喜心を捨離して住し、心に正智正念を具足し、身体をもって楽触を感受します。諸聖者だけが説くところであり、この喜を捨てて正念をもって楽に住すれば、第三禅に達して、その中に止住します。その後さらに楽受を捨て、苦受を離れ、以前に心で感受した喜楽憂愁はみな滅し尽くされて、不苦不楽受だけが残り、念想を捨てて心地清浄な行者となり、四禅に達して、その中に止住します。比丘たちよ、これらの禅定、初禅から四禅までを、正定と名づけます。そして初禅以前の定は、いずれも正定ではありません。比丘たちよ、これらを苦滅道諦と名づけるのです。
原文:如是。于内法观法而住。于外法观法而住。又于内外法。观法而住。或于法观生法而住。于法观灭法而住;又于法观生灭法而住。尚又智识所成及忆念所成。皆会有法之思念现前。彼当无所依而住。且不执着世间任何物。诸比丘。比丘如是。于四圣谛观法而住。
解釈:このように修行した後には、あるいは四聖諦法の内法に於いて法を観じて住し、あるいは四聖諦法の外法に於いて法を観じて住し、またあるいは四聖諦法の内外法に同時に於いて法を観じて住します。それからさらにこれらの法の中の新たに生じた法を観じ、心念を新たに生じた法の上に住まわせ、次いでこれらの法の中の滅してゆく法を観行し、心を滅法を観じる上に住まわせ、同時にこれらの法の生法と滅法を観じてその中に住します。
最後には、観行の禅定と智慧が現れると、心は観行の法に念念不忘となり、心は常にこれらの四聖諦法を憶念しています。このときあなたがたはこれらの念頭を捨て去り、心をこれらの法に依倚させず、何一つない空の状態に住し、心に依処がなく、しかも世間のいかなる事物にも執着しないようにすべきです。このように住するのも、捨覚支です。それぞれの観行の後には、みな心中の念い思いを捨除し、捨念の中に住しなければならず、最後に捨念までも除いてこそ、究竟となります。比丘たちよ、比丘はこのように四聖諦法に対して法を観じて住すべきなのです。
原文:诸比丘。实不管任何人。七年间如是修此四念处者。得二果中之一果。即于现法得究竟智。或有余者。期待不还来。诸比丘。当建立七年间之念。诸比丘。不管任何人。于六年间……乃至……五年间……乃至……四年间……乃至……三年间……乃至……二年间……乃至……一年间。如果修此四念处者。得二果中之一果。即于现法得究竟智。或有余者。期待不还来。诸比丘。当建立一年间之念。
解釈:比丘たちよ、実にいかなる人であっても、七年の時間をかけてこのように四念処を修習すれば、必ず二つの果のうちの一つの果を得ます。すなわち現法において解脱の究竟智を証し、無余涅槃に趣向でき、あるいは有余涅槃を証して、もはや人間に生れて来ないことを望みます。つまり三果か四果のうちの必ず一つの果を証得するのです。比丘たちよ、あなたがたは七年の時間をかけて四念処観を修成する準備をすべきです。七年の間、心心念念がみな四念処観であれば、必ず三果か四果のうちの一つの果を成就します。
比丘たちよ、実にいかなる人であっても、それぞれ六年の時間、あるいは五年の時間、あるいは四年の時間、あるいは三年の時間、あるいは二年の時間、あるいは一年の時間をかけて、このように四念処を修習すれば、二つの果のうちの一つの果を得ます。すなわち現法において解脱の究竟智を証し、無余涅槃に趣向でき、あるいは有余涅槃を証して、もはや人間に生れて来ないことを望みます。つまり三果か四果のうちの必ず一つの果を証得するのです。比丘たちよ、あなたがたは六年、五年、四年、三年、二年、一年の時間をかけて四念処観を修成する準備をすべきです。これらの時間の中で、心心念念がみな四念処観であれば、必ず三果か四果のうちの一つの果を成就します。比丘たちよ、一年の中で念念がみな四念処観であるように修習すべきです。
原文:任何人七个月间。如是修此四念处者。得二果中之一果。即于现法得究竟智。或有余者。期待不还来。诸比丘。当建立七个月间之念。实不管任何人。于六个月……乃至……五个月……乃至……四个月……乃至……三个月……乃至……二个月……乃至……一个月……乃至……半个月。如是修此四念处者。得二果中之一果。即于现法得究竟智。或有余者。期待不还来。诸比丘。当建立半月间之念。
解釈:実にいかなる人であっても、七ヶ月の時間をかけてこのように精進して四念処観を修習すれば、必ず二果のうちの一果を得ます。一つは無余涅槃であり、現法において解脱の究竟智を証すことであり、一つは有余涅槃であり、未来世にもはや人間に生れて受生しないことを望むことです。比丘たちよ、あなたがたは七ヶ月の時間をかけて四念処を修習する準備をすべきです。心心念念がみな四念処であれば、涅槃を証得します。実際にいかなる人であっても、六ヶ月の中で、五ヶ月の中で、四ヶ月の中で、三ヶ月の中で、二ヶ月の中で、一ヶ月の中で、半月の中で、このように精進して四念処を修習すれば、必ず二果のうちの一果を得ます。すなわち現前に無余涅槃あるいは有余涅槃を証得するのです。比丘たちよ、あなたがたは半月の時間をかけて四念処を修習し、心心念念がみな四念処観であるようにすべきです。
原文:诸比丘。实不管任何人。于七日间如是修此四念处者。得二果中之一果。即于现法得究竟智。或有余者。期待不还来。诸比丘。此为众生之清净。为度忧。为灭苦恼。为得真理。为证涅槃。唯一趣向道。即四念处。为此而说此经。
世尊如是说已。彼随喜之诸比丘。欢喜世尊之所说。
解釈:比丘たちよ、実にいかなる人であっても、七日の中でこのように精進して四念処観を修習すれば、必ず二果のうちの一果を得ます。現法において究竟の涅槃解脱の智慧を証すか、あるいは有余涅槃を証して、もはやこの人間に来て苦を受けることを望まないかです。比丘たちよ、この四念処観の修習方法は、衆生が清浄解脱を得るために特にお説きになったものであり、衆生の憂悲苦悩を度脱させるため、衆生の生死の苦悩を滅するため、衆生に真理を証させるため、衆生に涅槃を得させるため、唯一趣向すべき修行の道、すなわち四念処です。このためにこの四念処経をお説きになったのです。
世尊がこの経を説き終えられた後、この経に随喜讃嘆した比丘たちみな、世尊の所説を歓喜しました。
なぜ仏は七年から七日までの異なる時間を挙げて、精進して四念処観を修行すればみな証果できるとお説きになったのでしょうか。これは善根が深厚で、煩悩が軽微で、遮障が少なく、前世に仏法を学んだ時間の長い人々を指しています。彼らはもし仏が要求されたように精進して修行すれば、数日から数年で証果できます。一方、無始劫以来仏法を学んだ時間が短く、煩悩が深重で、遮障の重い人は、七年以上の精進修行を経てこそ証果できます。おそらく大多数の人は百年かかっても証果できず、中には呼吸の観察すらうまく観じられず、心がどうしても静まらない人もいて、証果は言うに及ばずです。
しかし確かに仏がお説きになったように、いかなる人であっても、精進して四念処観を修行し、心心念念がみな四念処であることをなし得て、心心念念とも観行でき、無始劫以来の五陰世間に対する攀縁の習気を変え、努力して煩悩と業障を降伏すれば、証果はやはり難しいことではありません。難しいのは業障の関を越えられないことで、自ら決心して用功弁道しようとせず、散乱の習気を降伏できないことにあります。本当に勇猛精進をなし得て、仏経に説かれるように修行できるならば、証果にはまだ保障があります。
この四念処観の修行方法はきわめて殊勝です。皆さん、小乗の修行を疎んじてはなりません。実はこれこそ修行の近道なのです。仏の説かれる近道こそ真の近道であり、戒定慧を具足し、実修実証するものであって、口先だけの功夫ではなく、情思意解でもなく、ちょっと考えたり思案したりするだけで証果できるようなものではありません。仏が私たちに教え授けてくださった修行方法の中から、何が真の実修と実証なのかを体得し、実修の過程でどのような代償を払う必要があるのかを知るべきです。一部の人が想像するように、理解して分かったつもりになれば、いかなる代償も払わず、いかなる戒も守らず、いかなる定も修めず、意識で理解した乾慧をもって証果したことになる、というのではありません。私たちは仏陀の智慧を深く信じ、仏陀の教えに従うことで、はじめて自身の修行に大きな益をもたらすことができるのです。