禅定の修めと参禅による悟りの道(第二部)
問:座禅の中で、独影境を縁ずる方が五塵境を縁ずる時よりも定が深いことに気づいたが、それはどんな理由なのか?
答:五塵境を縁ずる時は、六識がすべて活発で、眼識は色を見ようとし、耳識は声を聞こうとし、鼻識は香を嗅ごうとし、舌識は味を嘗めようとし、身識は触を覚ろうとし、意識は法を知ろうとする。こんなに忙しく雑然としていては、もちろん定を得るのは容易ではない。たとえ定があっても浅い定であり、だから座禅の時は普通目を閉じ、色を見なければそれだけ気を散らさない。五識を降伏させてしまえば、独頭意識の知覚だけが残り、より集中的に了別し知ることができ、あるいは軽微に了別し軽微に知るので、もちろん入定しやすい。ひとたび入定すれば、定は比較的深くなる可能性がある。独頭意識まで降伏させてしまえば、第七識の了知だけが残り、禅定はさらに深くなる。了別に参与する識心が少ないほど定は深く、了別する境界が少ないほど定は深い。だから最も深い滅尽定の中には六識の了別がなく、意根だけが単独で比較的軽微に了別しており、しかも意根の心所法がさらに二つ減るので、心はいっそう定まる。
禅定が安定して堅固になった後は、観行して仏法を深く思惟することができる。定力が非常に浅く不安定な時は、まず観行しない方がよい。観行するとすぐ散乱しやすい。観行できない時は一心に定を修め、しばらく観ずるのはやめ、定力が少し深くなった時にまた観ずれば、効果は比較的よい。修行の方法は柔軟に掌握し運用すべきで、具体的な状況に具体的に対応し、一律に論じてはならない。
<h3 style="text-indent: 2em;">二、意識と禅定の関係</h3>思量と参究は、いずれも深い定の中で行われる。深い定の中では意識の使用が非常に少なく、了別も思惟も比較的軽微である。この時もし意識を使って絶えず思惟推理すると、深い定から出てしまい、定は浅くなるか消えてしまい、その結果証得できなくなる。意識を多く使うほど定を得られず、深めの禅定を修め出すことができない。意識を少なく使ってこそ、心神が散らずに済む。しかしこれには意根を降伏させ、外へ攀縁しないようにする必要があり、そうすれば意識は了別せず思惟しなくなる。もし意根が降伏されていなければ、あちこち攀縁し、意識も必ずそれに従ってあちこち攀縁し、意識は散乱して禅定がない。意識の浅い思惟に頼っていては、真の智慧は開発されず、仏法を証得することはできない。
<h3 style="text-indent: 2em;">三、定を修める際の禁忌</h3>定とは躁動しないことであり、静かであることであり、動かないことである。身心を静かにさせ、身心を動かさないようにしたければ、陽気を減らさなければならない。陽気があまり足りすぎなければ、身心は躁動せず、静かになっていく。陽気があまり足りすぎ多くならないようにするには、飲食の栄養と量を減らさなければならない。あまり良く太多く食べず、エネルギーをあまり足り大きくしないようにする。さもなければ外へ漏れようとし、漏れる時には身心が躁動し、静まらない。身体が正常で、飲食が普通であればよく、栄養やエネルギーを貪り求めてはならない。それは修行に不利である。
<h3 style="text-indent: 2em;">四、入定したばかりの時は突然の驚きを避けるべき</h3>問:座禅や歩きながら仏法を思惟している時、突然外で少し大きな音や物音に邪魔されると、なぜ非常に苦しく感じ、動悸がして心臓の鼓動が速くなり、時には全身に鳥肌が立ち、ひどく怖いような感覚になるのか?
答:入定している時、心が非常に静かで非常に専注しており、心が外に縁ずっていなければ、突然比較的大きな音が現れると、心理的に準備がなく、驚かされる。だから座禅の時は人の邪魔のない場所と時間を選び、驚かされないようにしなければならない。驚きは問題を起こしやすい。突然の音は直接意根を驚かせ、意根はさらに色身をコントロールし、色身を通じて神様の感情を伝えるので、色身に異常な反応が現れる。もし塵境があまりに異常であれば、驚かされて毛病を起こしやすく、精神に問題が生じ、情緒も乱れる。意識だけが驚かされたのであれば大したことはない。意識は色身をコントロールできないからである。意識だけが驚かされたということは、定が浅いか、定がないことを意味する。
<h3 style="text-indent: 2em;">五、なぜ睡眠は一種の蓋障と言うのか</h3>識心は灯のごとく、心性は光のごとく、心体が用を起こすと、灯光が現前し、諸法を照らし見る。睡眠の時は六識が滅し、心性は用を起こさず、灯光がなく、昏暗の中にあり、五塵六塵の法が現れることができず、智慧も現れない。睡眠の後は、五識が現前し、意識が現前し、光明が現れ、灯光が六塵を照らし見て、智慧が顕現する。これがすなわち覚醒である。だから睡眠は暗黒であり、自心の光明を覆う。睡眠を降伏し、蓋障を修除すれば、禅定が現前する。
<h3 style="text-indent: 2em;">六、専注すると熏染を受けやすい原理</h3>ある人をじっと見つめるとき、注意力が集中するほど、相手の言葉や情緒に感染され熏染されやすく、相手の意に随って転じやすくなる。これはどんな原理か?専注して相手を見つめている時、すべての注意力が相手の身に集中し、定力が増強され、相手の一挙一動すべてが心に入り、心は相手の心境の中に融け込みやすく、相手の言行挙止や情緒表情と合拍し、心は熏染される。相手がうなずこうとすれば、あなたも知らないうちについてうなずき、相手が首を振れば、あなたも知らず知らず首を振り、さらには相手に代わって答え、相手がすぐにやろうとすることを代わりにやり、相手の思うところを思い、相手の急ぐところを急ぎ、相手の思いに引きずられて走ってしまう。
慈悲心とは相手の立場に立って問題を考えることであり、自分を相手の心境の中に融け込ませ、心を相手と一つに合わせることである。相手を見つめていなければ、心は散乱し、相手の心行はあまりよく分からず、相手と融合できず、相手の言談挙止は自分に対して影響力を持たない。
<h3 style="text-indent: 2em;">七、気脈が貫通していなくても定を得られる</h3>禅定は総合的な要素によって形成されるもので、単方面の原因だけで禅定に影響を与えるものではない。禅定があるかどうかは身体の中の気脈と大いに関係があるが、気脈に大きな障害さえなければ、いずれも定を得ることができる。気脈は禅定の深浅を決定でき、気脈が通っているほど障害がなければないほど、禅定は深くなる。しかし身体の中の任督二脈がたとえ貫通していなくても、中脈がたとえ貫通していなくても、やはり禅定はありうる。禅定の深浅は三脈の通っているかどうかと関係がある。気脈が通っていなくても浅い定は現れることができ、任督二脈が通っていても中脈が貫通していなければ、初禅定の出現には影響しない。
<h3 style="text-indent: 2em;">八、禅定はどの道に属するか(一)</h3>道は世間道と出世間道に分けられる。世間道は外道とも言い、仏法の外にある道であり、四禅八定のみがあり、解脱の智慧がなく、解脱果を証しない。出世間道は仏道、菩薩道、縁覚道、声聞道に分けられる。仏道と菩薩道は四禅八定と大乗般若・唯識の智慧を結合した解脱道であり、縁覚道は四禅八定と十二因縁の智慧を結合した解脱道であり、声聞道は四禅八定と四聖諦の智慧を結合した解脱道であり、四種の道はいずれもそれに応じた解脱果がある。もし出世間道に四禅八定しかなく、まだ解脱の智慧がなく解脱できないとしても、仏法を修めない外道よりははるかにましである。四禅八定があれば五種の神通があり、生死は定のない人に比べれば相対的に自在で、しばらくの間一定の範囲内では自分で主宰できるが、範囲を超えると主宰できず、長期的に見れば生死はやはり自在でなく、六道輪廻を出ない。
唐朝の時、雲門宗の雲門禅師の師は睦洲といい、睦洲和尚は神通があった。皇帝がかつて睦洲を国師に迎えようとしたが、睦洲和尚は皇帝のそばで束縛されることを望まず、自分一人で山に住して弘法することを堅持した。その配下の弟子は大勢いたが、首座を設けようとしなかった。そばの弟子に満足していなかったからで、ただ雲門だけを見込んでいたが、この時の雲門は出家していなかっただけでなく、まだ生まれてすらいなかった。だから睦州和尚は衆生を度化して十数年、山に住して二十年近くになるが、やはり首座を設けず、首座の座はずっと雲門のために空けてあった。ある日、彼は大衆の弟子たちに言った:「私の弟子雲門が生まれたばかりだ」。彼の神通はなかなかのもので、雲門が生まれたばかりなのにすでに知っていた。雲門が十数歳に成長して牛飼いを始めた時、彼は大衆に「私の弟子雲門は今牛を追っている」と言った。
雲門が成人に成長した後、諸方の寺院を巡って参訪し始めた。ある日睦州和尚はすべての弟子に言った:「私の首座が来た」。この時まだ在家であった雲門は荷物を背負って遠くから歩いて来た。その時彼はまだ神通もなく禅定もなかったが、睦洲は出て来て彼を迎え、首座とした。雲門は寺に入るとすぐ剃度し、しかも直接首座になった。睦洲の性格は欠けても濫すことなしで、ただ一人の弟子だけを見込み、他の者は眼中になかったので、首座を設けなかった。首座とは何か。首座は当堂和尚の第一の大弟子であり、寺院の大小すべての事柄の主管であり、学法と禅定を含め、寺院のすべての大小の事務を首座が管理する。師を除けば、彼が第一である。
唐宋の時代、睦州のように神通のある禅師は大勢いた。悟道した人もいたが、彼らの道力は主に四禅定を持っていることに現れていた。四禅定があれば一定の範囲内で生死自在であり、いつどこでも往生でき、普通は人間に投生し、どの家に投生したいと思えばその家に投生でき、その家の主人に一声挨拶すればそれでよかった。投生の翌日や数日後にすぐ生まれる者もおり、福德の大きい人は胎を奪って早く生まれることができ、十ヶ月胎内に住む必要がない。ある禅師は自分が得道したことを証明しようと、生死自在を示現し、香を一本焚き、香が燃え尽きないうちに投生して行った。それでも、真に得道した禅師はこう言うだろう:「たとえ言ったらすぐ行ける本事があっても、それはあなたが生死自在だということを意味しない。あなたは悟道していないので六道輪廻から脱れられない。この世では悪い処を脱れられても、来世は免れない」。
またある禅師は神通を修得した後、南方に一人の女がすでに三年妊娠しているのにまだ子供を産んでおらず、彼が入胎して生まれるのを待っていることを知った。彼の同禅の道友は何度も南方へ遊びに行こうと誘ったが、彼は普通は断っていたが、最後になすすべなく一緒に行った。道の半ばで、あの妊娠した女が川辺で洗濯しているのを見た。彼はもう逃れられないことを知り、道友に言った:「私はもうあなたと先へ進めない。私どうしても投胎しなければならないのだ。私が投胎した後、九年目に、あなたが南方へ行くと、九歳の男の子が牛の背に乗って笛を吹いているのを見るだろう。あの子が私だ」。結果、彼の道友は九年後その場所へ行くと、なるほど一人の童子が牛の背に乗って笛を吹いているのを見た。禅師はこれらの神通があっても、得道したことを意味しない。
唐宋時代に記録された禅師たちの各種の公案から分かるように、当時の修行者、特に出家者は普遍的に四禅定を持っており、在家にも禅定のある者がいた。彼らは出家後の主な課題が定を修めることであり、それから参禅した。多くの人が参禅で通徹できなかったが、禅定はみな修め出していた。なぜ彼らは定を修めれば四禅定があったのに、今の私たちはだめなのか。あの時代の人々の心は比較的清静で、善根福德が比較的深厚であり、それほど多くの雑多な人事関係や社会情報がなく、人の心地が純粋だったので、禅定を修め出しやすかったのである。どの寺院にも禅堂があり、出家者は毎日決まった時間に禅堂へ行って座禅し定を修め参禅し、畑に出て労働する時も心は定の中で参禅しており、時時刻刻用功弁道していた。今の私たちのように、一日中忙しくて定を修められず、少し法を学べば情思意解し、さらには暗記することはできても道からはなお遠く離れており、禅定も修め出せず、意解しかできない、ということはなかった。
<h3 style="text-indent: 2em;">九、禅定はどの道に属するか?(二)</h3>四禅定のある人は、いつ投生したいと思えばいつ投生でき、どの家に投生したいと思えばそこに投生できる。投生する家の主人に前もって挨拶することもでき、しかも投生の仕方も非常に特殊でありうる。福德が大きく欲のない人は、投生に男女の和合を経ず、直接腹の中に投じられることもでき、胎を奪って早く生まれることもありうる。五祖の投生の過程がまさにそうであった。五祖の前世が四祖に出会った時、修道の道人で、仏家の者ではなく、年齢も非常に高かった。四祖は彼の根器を見込み、彼に言った:「あなたのこの色身はもうだめだ。別の色身に替えて来なさい」。五祖はすぐ悟り、投生の機会を探しに行った。一本の川辺まで行くと、小さな女の子が洗濯しているのを見て、彼はその女の子に挨拶して言った:「私は住むところがない。あなたの家に住ませてもらえないか」。その女の子は彼が自分の両親の家に行きたがっていると思い、投胎したいとは知らず、承知した。
この女の子は家に帰ってまもなく、妊娠したような感覚を覚えた。妊娠の兆候がはっきりした時両親に見つかり、女の子はどういうことかはっきり言えず、両親は彼女を家から追い出した。女の子はそれから四方を辛苦して流浪し、最後に五祖を産み落とした。五祖は生まれて数歳の時に四祖に出会い、四祖について出家剃度し、非常に若い時に悟道した。五祖は外道であった時から禅定の功夫があったが、禅定だけの道は解脱の正道ではなく、開悟して証するその道こそ真の道である。
外道が禅定を最も高く修めたのは、釈迦牟尼仏の外道の師である郁蘭陀仙人である。釈迦仏が出家したばかりの時、郁蘭陀を師と仰いで四禅八定を学んだ。仏は四禅八定を修め出した後、これがまだ道ではないと考え、四禅八定と苦行を捨て、自分で改めて道を修めようとした。そこで川辺で沐浴し、牧羊女が供養した羊の乳を飲み、その後菩提樹の下で座禅し、夜半に明星を観て大悟成道した。悟道後、自分の師を度化しようと思った。仏は郁蘭陀が外道の法を学んでいて得道できるはずがないと知っていたからである。しかし神様の師を見つけることができなかった。仏が天眼で見ると、郁蘭陀はすでに人間におらず、すでに非想非非想天に投生しており、その天界の中で八万大劫入定し、定福を享受していた。
八万大劫は私たちにとっては、時間があまりにも長すぎるが、入定している人にとっては、時間は非常に短く、瞬く間に過ぎる。定中の人には微弱な意識と、意根と第八識のこの三つの識しかなく、色身がなく、無心の状態にあり、禅定の中は非常に愉悦なので、時間の流れが非常に速く感じられる。八万大劫の後出定すると、如来蔵の中でどんな業種が成熟しても、衆生は業種に随って六道の中に生まれる。釈迦仏は天眼で神様の師を見た。修道の中でかつて毒誓を立てたことがある。彼が座禅して定を修めていた時、周りの小鳥が騒がしく鳴き止まず、禅定の修行を妨げたので、彼は毒誓を立てて言った:「私が来世大鳥になって、お前たちをみな殺してやる」。
彼はこの毒誓を立てた後また修道を続け、最後に三界の中の最高の禅定を修め、非想非非想天に往生した。この毒誓のために、彼が将来天から下堕した後、毒誓が実現する、すなわち願が満ち、大鳥に投生し、それからあの小鳥たちをみな殺すことになる。そうすると彼は大悪業を造り、命終にこの罪業によって直接地獄に堕ちて罪報を受ける。仏は郁蘭陀弗が将来このような悪業を造ることを望まなかったが、もうどうしようもなかった。仏は彼を見つけられず、彼は今に至るまで天で入定している。
だから私たちが見る修道の道には、仏道だけでなく、仏道の外にある種々の外道もある。仏道は生死の苦報から出離する道であり、外道は甚深の禅定はあるが、解脱の智慧がなく、大小乗解脱の道には属さない。仏道には四禅八定があるだけでなく、大小乗の無我の智慧もなければならず、定慧を兼ね備えた道である。仏法を学び修道したとしても、禅定だけで我見を断じ明心見性していなければ、まだ得道しておらず、生死の苦から脱れられない。定慧を兼ね備えた道だけが三悪道の業を免れ、生死の苦報を免れ、はじめて了生脱死して解脱を得られる。その他の道はいずれも真の道ではない。
<h3 style="text-indent: 2em;"> 十、神通の使用原則について</h3>問:神通を使う時、相手の家に自分のすべての動機や行跡を直接埋めてしまうことになるのか?因果を背負わなければならないのか?神通をどう見るべきか?神通の短所を避けてどう菩薩道をよく行うか?
答:現代人のいわゆる神通は多くが報通であり、前世に修めた福德などによって得た果報であり、報が尽きれば神通は消える。真の神通は四禅を修得した後に発起されるものであり、禅定が消えなければ神通は常に在る。四禅定による神通は、菩薩たちが持っており、阿羅漢や辟支仏たちも持っており、外道たちも持っている。菩薩たちはみな因果を分かっているので、神通を乱用せず、行動の上でみな節度がある。阿羅漢と辟支仏は心が清浄で、世間の人や事に興味がなく、戒行があり、いくらか因果を明かに知っているので、やはり神通を乱用しない。外道たちは四禅定があり、心も清浄で、世間の人事に興味がなく、同様に神通を乱用しないが、彼らの煩悩はまだ断じ尽くされておらず、完全に降伏されてもいないので、時にある私利のためにいくらか神通を使い、いくらかの因果を妨げ、いくらかの悪業を造ることが避けられない。だから禅定によって神通を発起した人は、容易に神通を利用して如法でない衆生の利益を侵害するような事を造作しない。
一方、報通のある人はみなごく普通の人であり、煩悩が降伏されておらず、智慧が不足し、修為は概して高くないので、神通を利用して因果を妨げ、他人を侵害することはむしろかなり普遍的であり、私はいくつか見たことがある。神通の使用について私の助言は、一人の人が煩悩を十分に降伏できておらず、因果の利害関係を十分に了解し認識していない前に、その中の節度と限界を把握できないので、いかなる通も使用しない方がよく、因果を背負い悪業の果報を受けるのを避けるべきである。もし大心を発した人が神通を利用して衆生に福を施したいなら、因果を明かに知る善知識の指導の下で、注意深く神通を使うべきである。たとえば神通を利用して他人の心思や過去を覗き見たい場合、これはうまくやらないと盗戒を犯すことになる。他人が許可していないものを得れば、それは盗であり、非法の所得である。盗戒の及ぶ範囲は非常に広範で細緻であり、普通の人は心が細緻でなく、考慮が周到でないので、戒を犯しても知らない。
神通のある諸仏菩薩は衆生の無始劫の前後のすべてのことを知り、まだ起きていない未来世のことまで知っているが、これは盗戒を犯すことにならないのか?もちろん盗戒にはならない。その一、これは諸仏菩薩が無心に知るのであり、自然に知るのであって、盗心がないからである。その二、諸仏菩薩と衆生は一体であり、いかなる利益の衝突もなく、なされることはすべて衆生のためであり、護法神の護法も衆生を保護するためであって、個人的な私的目的がないので、盗のような事には関わらない。阿羅漢や辟支仏も衆生の事を自然に知るのであって、覗き見る心がなく、心が清浄で、衆生の利益とも衝突しないので、なされることも盗のような事に関わらない。外道たちも心が清浄で、普通は他人の事に無心である。特殊な状況は存在するが、少しでも因果を明かに知る徳のある人は、他人の忌む事を回避し、神通で知った事に対して選択をし、沈黙を保つこともある。
以上の通り、現世に報通を感得した人は、禅定がないので煩悩を十分に降伏できず、智慧も具足していないので、節度を把握しにくく、できるだけ神通を使用しない方がよい。自分の家族を保護する場合は別として、自分の家族や親しい人の事を探り知りたいというのは、かろうじて許容できる。
<h3 style="text-indent: 2em;">十一、催眠の文句</h3>自分の身心を安穏させ、できるだけ早く道業を成就するために、私たちは毎日自分に催眠をかけることができる。催眠の文句をあらかじめ作っておき、自分の心念で自分を励まし、心をそこに向かわせるのである。
(一)一切法は虚妄である;
(二)一切法は幻化である;
(三)私は戯の中にいる、私は演技をしている;
(四)これは私の虚妄想である;
(五)この境界は私が虚妄想し出したものである、真に受けてはならない;
(六)私とみんなは共に演技し、共に遊戯している、私たちは実はみな役者である;
(七)私は真実に回帰したい、実相を認識したい;
(八)私はもう演技をやめたい、虚幻の境界の中に生きたくない、偽りの生活をもう続けたくない。
(九)私はもう自分を欺き人を欺くことをやめたい、私は一切を覚悟したい;
(十)私は成仏したい、私は真実に回帰したい。
これらの催眠の文句は、各種の境界の中で、一つか二つだけを使うのに適しており、多すぎると心が乱れやすく、法と相応しない。あるいは自分の修行の進展と程度に応じて、ある時期には一つか二つの文句だけで自分に暗示を与え、こうして自分はだんだん相応の思想境界へと催眠されていく。
<h3 style="text-indent: 2em;">十二、定を修めるのに好高騖遠してはならない</h3>禅宗の三関は一関一関と越えて行かなければならない。これ以上甚深な唯識の中に潜り込むのはやめなさい。それはせいぜい理解であって、低い次元の法が証得できていないのに、唯識はなおさら証得できない。私が講じるのは私の講じることであり、あなたがたの精力はやはり仏法の証得に置くべきで、甚深の義を解することに置いてはならない。それは徒に時間を浪費するだけである。今の私たち学仏の人は、初禅に達するのも難しい上に難しく、証果と明心の後でも初禅定まで修められる人はほとんどいない。私たちは初禅から四禅までの具体的な境界を了解一下し、自分自身の条件を衡量してみれば、自分が四禅を修める必要があるかどうか、四禅まで修める能力があるかどうかが分かる。
末法時代の衆生の煩悩は重すぎて、初禅まで修めることはできず、欲界の未到地定を修め満足させることができれば、かなり良い方である。私たちはやはり現実的になろう。試みに問う:財色名食睡、色声香味触、この五蓋、誰が降伏できるか?降伏できないなら、初禅定まで修められることを期待してはならない、まして四禅はなおさらである。私たちの根性は過去の時代の外道たちにはるかに及ばない、比べものにならない。今の世間は物質生活が贅沢で発達しており、誰が各種の声色の誘惑に抵抗できるのか。私も私の弟子たちに、悟後にだんだん初禅定まで修められるよう要求している。小乗の面では煩悩を断除し三果を証得でき、そうすれば大乗の面では禅宗三関を越え、さらに初地に入る機会と能力がある。これは一つの理想的な目標であり、実現できるかどうかは私には分からないが、望みは大きくない。
<h3 style="text-indent: 2em;">十三、意根に念仏させられるまで修めてこそ不間断となる</h3>問:行住坐臥すべてで咒語を黙念したり念仏できるのに、人と話して交流すると中断して黙念できなくなるのはなぜか。意根で念じれば不間断だと言う人がいるが、本当に人と心で交流している時にも不間断で黙念できる人がいるのか?
答:人と話して物事を論じる時、人に比較的注意を向けていると、分心が比較的多く、念咒念仏の注意力が足りなくなるので、中断という現象が現れる。しかし念咒念仏の功夫が純熟し強大になり意根が念じられるようになれば、人と交流しながらでもやはり念咒念仏でき、大きな影響を受けない。念仏念咒の功夫が非常に純熟で、意根が習慣になれば、昼も夜も、いかなる事をしていても、いかなる人と交流していても、念仏念咒できる。一心は二用できるが、主と従がなければならない。これも禅定であり、一心一用の功夫よりさらに純熟である。定力がさらに強くなれば、一心三用、四用もできる。普通の人の定力では到底できず、特殊な訓練を受けた人は、目で六方を観、耳で八方を聴き、どこに物音があっても知ることができ、鋭敏機知である。
意根にいくつの心思があれば、意識にもいくつの分流がある。しかし禅定がある時と散乱している時はやはり区別がある。定力の強い人は、同時にいくつかの事をしてもみなよくでき、少しも定力のない人は、一つの事さえうまくできないかもしれない。定力が十分であれば、意根の証自証分が起用でき、自分が念仏念咒していることを知ることができる。これは意根の反観力であり、意識も念仏念咒していることを知っている。散乱し昏沈している人は、意識の証自証分が時時起用するのが難しく、すなわち自分が今何をしているか分からず、完全に境界に随って走ってしまい、意根の証自証分はなおさら現前できない。
私はパソコンの前に座って打字し、同時に十本の指をコントロールし、さらに瞬き、呼吸をコントロールし、周りの音を了別し、同時に何の字を打つべきか考えなければならない。意根は同時にいくつもの事を縁じ、それぞれの事をみなよくこなし、互いに影響し合わず、秩序整然としている。この中で、意根がまだ学んでいない事をする時には明らかな意識の活動があるが、その他の意根がすでに学んでいて比較的熟悉している事は、ほとんど意識の思惟分心を必要とせずによくこなせる。私は何度も半睡半醒の状態で誦経したことがあり、しかも非常に熟練して誦した。普通は一段誦し終えると意識がすぐ覚醒し、その後、さっき何の経を誦したか思い出すことができる。時には意識が覚醒した後、自分が何の経を誦したか分からないことがあるが、それは今生これまでまだ読んだことのない経文である。
これは、意根は非常に熟悉している法については、自動的に法を顕示でき、意識がその中に参与して思惟判別する必要がないことを示している。言語文字と音声は意識の功能作用であり、意根には言語文字音声がない。言語文字相のある念仏は必ず意識が念じているのであり、言語文字相のない念仏は意根が念仏しているのである。あなたが念仏している時、心の中に文字や音声が現れた時には、すでに意識と相応しているのである。
<h3 style="text-indent: 2em;">十四、身相に執着することは禅定を障害する</h3>問:禅修の状態で、調身の時の七支坐法には舌尖を上顎に当てる(舐める)という要点があるが、座禅の過程で最も忘れやすいのがこの要点で、少し注意しないと舌尖が滑り落ちてしまう。この細部の問題をコントロールする良い方法はあるのか。一つの説は、舌尖を上顎に当てて任督二脈を連結すれば、任督二脈を貫通させるのに有利であるというもの。一つの説は、舌尖を上顎に当てて覚知の状態を保ち、舌尖が滑り落ちたら覚知能力が消えたことを意味するので、すぐ当て直せというもの。また一つの説は、舌尖を上顎に当てると舌根部で大量の津液が生じ、これを天泉甘露と呼び、ゆっくり飲み下して陰陽を調和させるというもの。とにかく、舌尖を上顎に当てることは重要だが、どうしてもできない。
答:この方法は道家が身を修めるのに使うものである。学仏の人も最初は参考にしてもよいが、もしいつも注意力を舌に使うなら、こんな修行に何の用があるのか。外道と何の違いがあるのか。外道は身を修め、学仏は心を修めるのである。座禅中ずっと舌に注意を向けていれば、心が空でなければ深い禅定は得られず、法義を思惟することもできず、智慧を得ることもできない。
舌に注意を向けるのは身相に執着しすぎることであり、結果は身体が空にならず、心も空にならない。身体はどうなりたいようにさせ、放っておけば、禅定はすばやく現れる。毎日身体がどうかを気にし、時時刻刻身体に注意を向けていれば、身見が頑固で、道に相悖し、道から遠ざかり、一生終わってみれば、やはり身に執着する生死の凡夫である。修行は明らかに我見を断じることであるのに、こんな修め方をすれば、我見はかえってますます重くなる。これは何を修めているのか。私が修行していた時、身体に関する知識は少しも分からず、身体がたとえ廃品になろうとも放っておき、どういうわけかも分からず、心の中に身体の概念も念頭もなかったが、かえって禅定はすばやく修められた。しかしあなたがたはどうか。毎日身体に迷い、行き届いて世話をしているが、それでどうにかなるのか。
身に執着する人はみな一生身体を世話するが、何人が身体をうまく世話できただろうか。たとえうまく世話できたとしてもどうなるのか。やはり生生世世果てしなく世話し続けなければならないのではないか。三悪道に行った時には、まだ世話する心念と能力があるのか。修行が上がらないのは、身に執着することが一大障害であり、身見が遮っているのである。身見を断じなければ、見道できない。道を取るか、それとも身体を取るか、二つに一つを選べ。
五百羅漢像、みな見たことがあるだろう。これらの尊者たちは、耳を掻き頬を掻き、姿態は五百通り、いずれも端正でない。しかし阿羅漢はまさにそのような端正でない姿態で定の中に入ったのである。心が定まれば、身体はどうであれ、必ずそれに随って一緒に定まらなければならない。身体は心に随って転じる。車が車夫の言葉を聞くのと同じである。馬が車を引いていて、車を速く走らせたいなら、馬を打つのか、車を打つのか。学仏修行も同じ道理である。心が主宰であり、心を見守り、身体を気にせず、身体は自然に心に随って転じる。一日中身体を愛惜し執着すれば、道は遠くへ逃げて行ってしまう。
<h3 style="text-indent: 2em;">十五、辟穀養生の方法</h3><h4 style="text-indent: 2em;">(一)辟穀の利益</h4>辟穀の利益は多い:身体の中の各種の疾病、癌を含めて取り除くことができ、毒と廃物を排出し、血管の中の詰まったゴミと毒素を清除し、血液循環を改善し、新しい血液と入れ替え、細胞組織の中から身体に必要な栄養の精華を分解し、皮膚は白くて赤みが差して光り輝き、美容と若返り、皮膚美容、健康長寿、逆成長、生命をより活力あるものにする。気脈が通暢し、身体が柔軟で、双盤が楽になり、座禅の効果が良く、禅定の増加が速く、身心愉悦、意根の飲食への貪欲と依存を軽減し、煩悩を減らし、頭脳鋭敏、思惟活発、智慧を開発し、定慧を増長する。
飲食は粗重な四大であり、汚物と毒素を含み、内臓の負担と仕事量を増やし、内臓を磨耗させ、寿命を減らす。辟穀の期間は気を主とし、気は微細な四大であり、風大を主とし、身体を上昇軽霊させる。神仙と天人はみな気を食べ気を服しており、身体が軽霊なため神足通があり、飛行できる。辟穀の期間は座禅の効果がかなり良く、静坐すると下座したくなくなり、この時間を利用して定を修めれば、身体が柔軟で、足は盤みやすく、心も静まりやすく、妄念が少なく、頭脳清明である。気脈の運行が良く、気は八方に通じ、身体の微循環と代謝も良い。
<h4 style="text-indent: 2em;">(二)辟穀の準備期</h4>半辟穀は三日ぐらいで、多くても少なくてもよい。主に身体と意根を少食と無食に慣れさせるためである。正式な辟穀の時には、胃の中に飲食がなくなってこそ、細胞組織が速やかに分解と代謝を行い、毒素とゴミを排出し、高栄養物質を提供する。半辟穀の初日は一碗の小米粥だけを飲み、七分飽、あるいは半飽。半辟穀の二日目も一碗の小米粥で、量は少し少なめに、六分飽でよい。三日目は半碗の小米粥で、四五分飽。正式な辟穀が始まったら水だけを飲み、多くの水を飲み、細胞の分解新陳代謝を促進し、排毒排廃物を促進する。
<h4 style="text-indent: 2em;">(三)正式な辟穀</h4>もし仕事に就いていれば、半辟穀は火曜日、水曜日、木曜日を選び、金曜日に正式な辟穀を始める。土曜日は辟穀の二日目で、胃はまだ食べないことにあまり慣れておらず、比較的空腹を感じる。この時家で人と接触しなければ、あまり多くのエネルギーを消耗せず、三日目も少し空腹を感じるが、二日目よりいくらかましで、これも家で休み、人や事に接触しない。四日目にはほぼ適応し正常になり、細胞組織の中で分解されるエネルギーも多くなり、人は精力旺盛で頭脳柔軟に感じる。これは特殊な疾病のない人、病気があまり重くない人の話である。血糖が高すぎたり低すぎたりする人は辟穀しない方がよく、問題が起きても誰も責任を取れない。そばに医師や中医師の世話があってはじめて辟穀できる。心臓病や胃病が重い人も辟穀してはならない。一般に禅定共修でも病状の重い人の参加は許されない。万一事が起これば責任が取れないからである。
辟穀三四日でようやく胃部の疾病を初步的に調理できる。辟穀の時間が長いほど、調理できる疾病が多く的確になり、内臓の新陳代謝が良くなり、血液の入れ替わりが多くなり、身体が健康になり、人は若くなり、皮膚は細膩で滑らかになり、美容より効果が良く、いかなる副作用もない。
正式な辟穀ではいかなるものも食べない。胃の中に飲食がなくなった時こそ、細胞組織が分解し、排毒排ゴミし、高栄養物質を分解して身体の吸収に供する。これは飲食よりはるかに良い。初めての辟穀は三日から七日でよい。三日を超えるのが最良で、はじめていくらかの効果があり、時間が短いとあまり用がない。四日目から七日目には胃は飲食がないことに慣れ、あまり空腹を感じない。食欲を除けば、もし食欲に耐え、飲食に接触しなければ、一般に辟穀は成功する。
私たちの辟穀は主に観想を学ぶことである。陽光が自分を照らし、身体の中、胃の中に入ることを観想できれば、空腹を感じなくなる。さらに仏光が自分の身と病のある部位を照らすことを観想すれば、身体の空腹は緩和され、胃の中はとても心地よく、身体はとても軽やか、軽霊、自在であり、さらに新鮮な空気をいくらか呼吸する。空気の中にも四大栄養物質があり、酸素を主とする。夜は月光を観想し、月のエネルギーを吸収することもできる。光エネルギーと気エネルギーはどちらも食物より身体に有益であり、どちらも微細物質の四大であり、食物は粗重物質の四大である。天人は微細物質の四大を食べるので、身体が軽く飛べる。人類は粗重な四大を食べるので、身体が重く飛べない。二禅の天人は人間に下りて地肥を食べると、飛べなくなり、天に帰れなくなった。私たち学仏修行者はできるだけ気を食とし、気満ちれば食を思わず、身体は健康で活力があろう。山中の仙人はみな気とその他の微細四大物質を食べるので、彼らは健康長寿で、千万年の寿命がある。座禅して定を修める人は、禅定がうまく修められれば、やはり健康長寿で、四禅定があれば千万年あるいは一劫の時間生きることもできる。
正式な辟穀は三日から七日、七日でもまだ持ちこたえやすい。一年に二、三次辟穀すれば、身体は効果的に調理されるだろう。二度目の辟穀は初回より容易である。初回は食欲の病が空腹の病より大きく、意根の飲食への貪りの習慣はあまり容易に克服できない。もし口腔の中で多くの津液を生じさせられれば、津液を飲み下すことも飲食とすることができ、飲食より栄養がある。口に果核のようなものをいくらか含み、津液を引き出して生じさせ、それから飲み下せば、栄養エネルギーは十分である。津液は燕の巣より栄養がある。
<h4 style="text-indent: 2em;">(四)飲食の回復</h4>辟穀七日以後、飲食を回復できる。これはキーポイントである。飲食の回復が良ければ、身体は万象更新し、新生を得る。
飲食の回復は小米粥による。吸収消化が容易で、脾胃を調理する。辟穀の後、胃は嬰児の胃と同じようなもので、吸収消化の容易な流動食を食べなければならず、冷たいもの、硬いもの、乾いたものを食べてはならず、牛乳を飲んではならず、満腹や過食をしてはならない。これは胃を養う最良の時期である。飲食回復の最初の三日は、小米粥だけを飲み、少量で回数を多くし、胃を張らせないようにする。四日目以後は小米粥に、柔らかく煮た葉野菜、あるいは山薬、ニンジン、ジャガイモをとても柔らかく蒸したものを加え、蜂蜜につけて食べる。
飲食回復七日以後、その他の消化の容易な飲食を増やす。十日以後は、気を補わなければならない。紅参、桂円、大棗、クコの実を熬って水にして飲む。一週間以上補い、多くても制限しない。酸っぱい、辛い、塩辛い味を避け、胃腸を刺激しない。復食の後、胃は新しい習慣を養うので、この時飲食の新しい習慣を培養し形成するのに注意し、悪い習慣を改め、飯量も味付けも自主的に変えることができる。
<h4 style="text-indent: 2em;">(五)注意事項</h4>集団で辟穀する中で、果物を食べたり、数千元もかけて酵素を買って飲んだりする人がいるが、結果はみな失敗した。中医気功で辟穀を助ける所もあり、費用は二、三万元要求される。私たちの辟穀は一分もかからず、何も食べず、人の世話もいらない。もし少しでも食べれば、細胞は少し分解が減り、毒素はいくらか排出が減り、栄養の分解が減り、割に合わない。
辟穀の期間は多く座禅して心を修め養い、どうしようもない人や事には少なく接触し、接触せず、自分を感情的にしやすい人はできるだけ回避する。話は少なく、話さず、体力とエネルギーを保持する。辟穀の期間もし本当に空腹に耐えがたければ、蜂蜜水を少し飲んでもよく、氷砂糖を少し含んでもよいが、できるだけ食べない方がよい。初めての辟穀は食欲が出やすい。空腹はまだ言える方で、耐え過ぎやすく、食欲の病は治しにくい。辟穀の期間は必ず多くの水を飲み、大量の水を飲み、排毒、排廃物、排病を促進すること。
辟穀の期間、体重は毎日1、2斤(0.5~1kg)減り、平均1.5斤である。飲食の回復が良く、胃の調理が良ければ、体重は正常になる。飲食回復の四日目以後は少し塩を食べてもよく、七日以後に食べるのが最良である。