仏家の三昧 (samādhi) には二種あり、一つは定境のみを有するもので、世俗の外道の定 (じょう) にも通じるものです。もう一つは定境のみならず智慧の境界をも有するもので、智慧の境界を有するものは世俗の外道の禅定には通じません。
第一の定境の三昧には三種あり、三三昧と呼ばれます。すなわち、有覚有観三昧(初禅以下)、有覚無観三昧(初禅と二禅の間)、無覚無観三昧(二禅以上)です。
三三昧は心を摂るものであり、智慧とは関わりません。観想や観行 (vipaśyanā-caryā) を有する三昧は智慧を生み出すものであり、真の三昧です。これは大乗・小乗の観行の智慧を含みます。たとえば観像念仏 (buddhānusmṛti) では、三昧が成就したとき、明心見性することができます。念仏三昧が成就したとき、明心見性することができます。五蘊を観行する三昧が成就したとき、法眼浄を得ることができます。
白骨観の三昧が成就したとき、我見 (ātma-dṛṣṭi) を断じて、初果から四果まで証得することができます。四念処の三昧が成就したとき、初果から四果まで証得することができます。観経の第七観が成就したとき、明心して開悟することができます。般舟三昧が成就した三昧は、十方の諸仏の前に立ち、その智慧の境界は明心開悟です。
般舟三昧とは、九十日間念仏し、坐らず臥せらず、歩くことと立つことのみが許され、眠ってはならないものです。九十日で念仏三昧が成就したとき、十方の諸仏の前に立ち、仏――如来を見ることになります。これが開悟の境界です。
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