衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年01月09日    木曜日     第2開示 合計2109開示

阿頼耶識不垢不浄(na saṃkleśo na vyavadānam)の含義

阿頼耶識 (Ālayavijñāna) には染めと浄めがあると言う人がいて、それゆえに転識成智の説があるのです。実際には、阿頼耶識の本体は清浄 (viśuddha/pariśuddha) な識であり、ただ七識が造作した染汚業の種子を含蔵しているために、阿頼耶識は不垢不浄 (na saṃkleśo na vyavadānam) となっているのです。もし阿頼耶識が七識の染汚業の種子を蔵していなければ、阿頼耶識は清浄無垢識となります。阿頼耶識にもし染めがあれば、煩悩の染汚業があるはずですが、しかし阿頼耶識は善業や悪業を何ら造作するわけではなく、七識に煩悩の染汚があり、善悪の業を造作するのであって、それゆえ七識が煩悩のときに造作した悪業こそが染汚業なのです。阿頼耶識は七識が造作した善悪の業を蔵し、染汚業の種子を含んでいるのです。

——生如法師の開示
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