第八識がなければ第七識は存在しません。この二つの識は必ず結びついて共同で運行することによって、初めて第七識が作用を持ち、第八識もまた作用を持つことができるのです。第七識は業を消さない限り、業種が成熟したとき、第七識は必ず成熟した業種に随って現行し、投胎して果報を受けます。第八識が捨報するとは言えません。なぜなら第八識には果報がなく、世間の身口意行を造作しないからです。
修行とは、まず自我を降伏させ、自我を圧伏させ、それから自我を断除し、最後に執着を捨て去ることです。これは次第と段階があるものであり、前の段階ができていなければ、後の段階はできません。
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