如是我聞。一時、仏は舎衛国の祇樹給孤独園に住したまえり。その時、世尊は諸比丘に告げたまわく、「もし衆生が色に味わいを感じなければ、色に染まることはない。衆生が色に味わいを感じるがゆえに、染着が生ずる。かくのごとく、もし衆生が受・想・行・識に味わいを感じなければ、彼らは識に染まらない。衆生が受・想・行・識に味わいを感じるがゆえに、彼らは識に染着するのである」。
「諸比丘よ、もし色が衆生にとって患いとならなければ、彼らは色を厭うべきではない。色が衆生の患いであるがゆえに、彼らは色を厭うのである。かくのごとく、もし受・想・行・識が患いとならなければ、彼らは識を厭うべきではない。受・想・行・識が衆生の患いであるがゆえに、彼らは識を厭うのである」。
「諸比丘よ、もし色に衆生の出離がなければ、彼らは色から出離すべきではない。色に衆生の出離があるがゆえに、彼らは色から出離するのである。かくのごとく、もし受・想・行・識に衆生の出離がなければ、彼らは識から出離すべきではない。受・想・行・識に衆生の出離があるがゆえに、彼らは識から出離するのである」。
「諸比丘よ、もし私がこの五受陰について、味わいを味わいのままに、患いを患いのままに、離れを離れのままに如実に知らなければ、私は諸天・魔・梵・沙門・婆羅門・天・人衆の中で解脱せず、出離せず、永く顛倒に住し、阿耨多羅三藐三菩提を自証することもできなかったであろう。諸比丘よ、私が五受陰の味わいを味わいのままに、患いを患いのままに、離れを離れのままに如実に知ったがゆえに、私は諸天・魔・梵・沙門・婆羅門・天・人衆の中で解脱し、出離し、結縛を離れ、永く顛倒に住することなく、阿耨多羅三藐三菩提を自証したのである」。時に諸比丘は仏の説法を聞き、歓喜して奉行した。
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