衆生に五蘊の身体がなく、ただ七識・八識のみがある段階において、どの衆生が菩薩性を有するのか?もし菩薩性がなければ仏となることはできず、十方世界のあらゆる仏や菩薩はどこから来たのか?意根は無始劫以前には先天的な菩薩性を持たないが、五蘊の身体を得た後、後天的な環境による熏染を受け、自らと衆生の苦しみを見て菩薩性が生じ、最終的に仏となることができる。菩薩性を発起させるこの行為が最も尊く、衆生の苦しみを見て憐れみの心を生じることが最も尊い。これがすなわち菩薩種性である。
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