衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年09月07日    金曜日     第3開示 合計816開示

呼吸と禅定

呼吸は私たちの身体健康と密接な関係があり、禅定とも密接な関係があり、寿命とも密接な関係があります。身体の調子があまり良くない人の呼吸は、必ず急促あるいは短促であり、その呼吸の通道は短く、しかもスムーズではありません。その息は喉の入り口までしか届かずに呼き出されてしまい、さもなければ息が苦しくなります。ある人の息は心口までしか届かないうちに呼き出さなければならず、その呼吸も非常に短く、身体の状態も良くありません。

禅定の功夫が良く修習されている人の息は、下腹部の丹田まで届くことができ、呼吸の通道は非常に長く、一息に長い時間を要し、途中に障害がありません。その人の身体は必ず健康です。息がひとたび丹田まで届くようになると、心は沈静し、妄念が減少します。妄念をひとつ起こすだけでも非常に疲れるので、多く話したくなくなり、それによって消耗するエネルギーも少なくなります。このとき煩悩を圧伏することができ、心も比較的清浄 (viśuddha/pariśuddha) になり、問題を考えることも比較的専一になり、思惟は深く細やかで透徹しており、智慧が現前しやすくなります。

禅定の功夫が良い人が四禅に達すると、呼吸は止まり、消耗するエネルギーは非常に少なくなり、身体はさらに健康で、寿命はいっそう長くなります。このとき神通を修習すれば、修めるそばから得られ、気力を要しません。私たちは身体健康のため、心の清浄 (viśuddha/pariśuddha) のため、煩悩を降伏するために、普段から自分の呼吸を訓練し、息を丹田まで届かせることができます。念仏 (buddhānusmṛti) の方法で自分を訓練することができ、息がうまく調整されると禅定が現れ、心は清々しく気は爽やかに、精力はあふれんばかりになります。

念仏 (buddhānusmṛti) のときに呼吸を調整するには、まず口で肺腑の濁気を呼き出し、濁気がすっかり呼き尽くされたのち、口を閉じて鼻から吸気し、気流を緩やかに腹部の丹田まで届かせます。さらにもっと下まで届いて直接排出できることもあります。この通道が長いほど、排出される病気の気は多く、身体の状態は良くなります。丹田まで吸気したのち、しばらくの間停めるか、あるいは息を替えてから、口で呼き出します。呼気のときに「阿弥」あるいは「陀仏」と念じます。口で念じるのも心で念じるのもどちらでも構いませんが、気は丹田に達すると念じられなくなり、ひいては内心の仏号も止まります。このときは忆仏 (buddhānusmṛti) に切り替えることができます。呼気のときに念仏 (buddhānusmṛti) し、気を呼き尽くしたら、しばらく停めてから、口を閉じて鼻から吸気します。このように十分間あるいは数分間訓練すると、心は静止することができます。このときは完全に忆仏 (buddhānusmṛti) の方法で念仏 (buddhānusmṛti) することも、あるいは仏法の道理をひとつ思惟することもできます。このときの定力 (samādhi) は、より深く進む方向へ修行させてくれます。一心の境地に達しようとしても、難しいことではありません。

——生如法師の開示
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