衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2019年07月23日    火曜日     第4 回の開示 合計1715回の開示

小乗における我見を断つ観行の重心

小乗の我見を断つとは、五蘊十八界の無常・空・苦・無我性を証知することである。我らは無常に等しく、空に等しく、苦に等しく、断じ除くべきものである。故にこれらは滅ぼし得るものである。滅ぼし得るものは、真実相ではなく、実在的なものではない。

真実の相には二種の意味がある。一つは世俗界における真理・事実を指し、もう一つは大乗法において永遠に生滅しない第八識を指す。

小乗の我見を断つ修行においては、第八識が不滅であり、五蘊十八界と区別され、五蘊十八界の所依であることを知れば十分である。観行思惟の重点は、五蘊十八界が世俗界の真理において壊れ滅びる法であり、実在性を持たず、その真相が永続せず苦の相・空の相・破壊の相であることを認識することにある。

多くの人の思考は常に誤った観念に囚われて脱け出せない。その原因は何か。一つは先入観による誤った教えの影響を受けていること、もう一つは論理的思考力の不足である。思考力の不足は定力不足に関わり、前世の善根福徳に関わる。これは自らが少しずつ定慧と善根福徳を積み重ねる必要がある。前世である程度の修行基盤を備えていない場合、今生の修行は急速に進まない。もし無理に速く悟りを求めようとし、様々な因縁条件が未熟な状況で、自らの心性などが菩薩に近づくほど転じていないうちに焦って第八識を参究し、五蘊無我すら破ろうとしないならば、自らの道業に害あって益なく、往々にして逆効果となる。

——生如法師の開示
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