衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年06月06日    木曜日     第3開示 合計1585開示

天人の殊勝な境界はどのように現れるのか?

粗浅な禅定において、身体にいくらか膨張するような現象が現れることがあります。これは意根による身体への執着が軽減されたことで現れる現象であり、心が人間界を超え出て、わずかに欲界天人と相応した反応です。人間界の境界を捨て、人間界の五欲への執着を薄めさえすれば、必ず天人の境界が現れるものです。

色界の初禅定に至る前の定は、すべて初禅に未到の定であり、いくつもの階層に分かれます。心が異なれば、定の粗浅の階層も異なりますが、いずれも多かれ少なかれ欲界天人の境界と相応しています。人間界の五欲から遠ざかるほど定は深くなり、身体の変化は大きくなり、身心の覚受はいっそう快適になります。ですから、人間界の欲望を離れれば、より自在になり、あらゆる感受はすばらしいものになると知るべきです。人間界の六塵の境界や五欲の生活に貪着することは、なんと愚かなことであり、人間界の生活はなんと下劣で堪えがたいものでしょうか。

無数の人々が人間界の花や草、山河大地、人事物理を貪り愛し、人間界の権力、地位、財や色、家族や親族を所有することを誇りとして慢じていますが、実のところ、天人の殊勝な境界と比べれば、取るに足らないどころか、まったく誇るにも慢じるにも値するものは何一つありません。それは視野が狭く、大きな世界を見たことのない人間だけが陥るありさまです。

——生如法師の開示
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楞伽経の意根による身見・我見断滅の証明

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