法とは、事実の真相のことであり、すべての学人は事実の真相に依拠しなければなりません。もし自分が事実の真相が何であるかを知らないなら、第一には口を閉ざすことを選び、論評せず、評価せず、是か否かの態度を表明しません。第二には、事実の真相を探し発見するよう努力し、ある法が果たして本当に事実の真相であるかどうかを証明するよう努力し、証拠によって証明される前には、沈黙を選ぶことです。
このようにすれば、盲目的に人に依拠するという現象を避けることができます。仏ではない限り、誰が説いた法にも必ず欠陥や不足があり、もし人に依拠することを選べば、欠陥や不足の部分まで依拠することになり、そのような結果は楽観できるものではありません。たとえ仏が説かれた法であっても、直接その場で聞いたのでなければ、その間に輾転伝えられるうちに、伝え間違えた部分がある可能性があり、誤って伝えられる現象が起こりえます。仏弟子としても、できる限り実証するように努め、輾転伝えられた法が果たして真実なのかどうか、道理にかなっているのかどうかを見極めるべきであり、真実の智慧が生まれていないときには、軽々に評価してはなりません。
6
+1