衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常開示

2019年04月08日    月曜日     第1 回の開示 合計1400回の開示

金剛経における唯識の深義(七十一)

第十三章 如法受持分

原文:その時、須菩提、仏に白く言う。「世尊よ、この経を何と名づくべきか。我ら如何にして奉持すべきか」。仏、須菩提に告げたもう。「この経は金剛般若波羅蜜と名づく。この名字をもって、汝まさに奉持すべし。所以は如何。須菩提よ、仏の説くところの般若波羅蜜は、即ち般若波羅蜜に非ず。是れを名づけて般若波羅蜜と為す。須菩提よ、汝はどう思うか。如来に説くところの法有りや」。須菩提、仏に白く言う。「世尊よ、如来には説くところ無し」。

「須菩提よ、汝はどう思うか。三千大千世界の所有の微塵は是れ多しと為すか」。須菩提言う。「甚だ多し、世尊よ」。「須菩提よ、諸の微塵は、如来の説くところは即ち微塵に非ず。是れを名づけて微塵と為す。如来の説くところの世界は、即ち世界に非ず。是れを名づけて世界と為す。須菩提よ、汝はどう思うか。三十二相をもって如来を見ることを得べしや」。「不也、世尊よ。三十二相をもって如来を見ることを得べからず。何を以っての故に。如来の説くところの三十二相は、即ち是れ相に非ず。是れを名づけて三十二相と為す」。「須菩提よ、若し善男子・善女人有って、恒河沙等の身命を以って布施し、若し復人有って、この経の中に於いて、乃至四句偈等を受持し、他の為に説かば、その福甚だ多し」。

釈:この時須菩提が仏に問うた。「世尊、この経典をどのように命名し、我々はどう奉行受持すべきでしょうか」。仏は須菩提に告げられた。「この経は『金剛般若波羅蜜』と名づける。この名前に整然たる経典の要義が凝縮されている故、汝らはよくその義理を理解し、貫徹して受持すべきである。何故この名を受持するのか。須菩提よ、仏が説く般若波羅蜜とは実体ある法ではなく、仮の名相に過ぎず、生死を超越した金剛心の涅槃状態を指し示すものである」。

「須菩提よ、どう思うか。如来は何か説法したことがあるか」。須菩提は答えた。「世尊、如来は何も説いておりません」。「須菩提よ、三千大千世界の微塵は多いか」。「甚だ多いです、世尊」。「これらの微塵も如来の説によれば実体なき仮名であり、世界もまた実体なき仮名である」。

「須菩提よ、三十二相をもって如来を見ることはできるか」。「できません。三十二相は幻影に過ぎず、実相ではないからです」。「もし人が恒河の砂数ほどの身命を布施しても、この経の四句偈を受持し他人に説く者の福德には及ばない」。

須菩提が経題を問うと、世尊は「金剛般若波羅蜜」と命名された。この名義を体得して初めて受持可能となる。金剛とは世中最も堅固な宝であり、一切を破砕しつつ自らは不壊である。これこそ衆生の真実心・如来蔵を喩えたもので、いかなるものもこれを毀損できず、その他の一切の現象は全てこれより生じた無常の法である。

——生如法師の開示
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