ネット上にはさまざまな「空」の論調があふれ、空について華々しく語られていますが、実際にはどれほど空を高らかに叫んでも、心はどうしても空になりません。空を実証し、空を見てはじめて、心は少しずつ空になり始めるのです。空を証得していなければ、すべてスローガンのようなもので、想像や思惟にすぎず、何の役にも立ちません。しかし実修の法については、修したことがなければ、どのように実修し、どのように実証するのかも分からず、みな想像による修、想像による証となってしまいます。その根本を突き詰めれば、福德と因縁が足りないということなのです。
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