衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年04月05日    日曜日     第1開示 合計4671開示

禅定、見道と気脈の関係(2025-04-22)

如春:今日の午前中に座禅を組み、最初は呼吸を観察していましたが、後に念仏 (buddhānusmṛti) に切り替えました。息を吐くときに心の中で「阿弥陀仏」と唱え、「弥」の字を胸腔の中に少し長く留めさせ、発音の振動で胸腔を震わせることを観想し、それから息を上へ向かって吐き出しました。しばらくすると、突然胸腔から大きな一团の気流が湧き上がり、頭の中で轟音が響き、全身に電流が流れたような感覚があり、痺れて震え、頭の中に空間が弾け出されたようにも感じられました。これはどういう状況なのかと思いましたが、あまり深く考えず、座禅を続けました。目の前には絶えず光明が現れ、頭の中には物語の筋がなくなり、ただいくつかのイメージと光明だけが残りました。龍のイメージが現れましたが、それは殻を出たばかりの青い小さな龍で、色は明るく、体を丸めていました。

点评:これは気脈が湧き動く現象です。海底輪から上へ向かう気脈が胸腔を通過し、胸腔が開かれ、気脈が頭部へまっすぐ向かったことで現れた現象です。心輪が一部あるいは全部が開いたのかは確定できませんが、この気は確かに頭部まで衝上り、頭の中で轟音が響く結果となりました。気が頭部に到達すると、頭脳は自然と清浄 (viśuddha/pariśuddha) になり、妄念が減ります。後脳の勝義根 (indriya) の遮障が軽減され、目の前に光明が現れ、頭の中も光明に満ちました。現れた小さな龍のイメージは、あなたが見道して小さな龍となる日が遠くないことを予示しています。本当に小さな龍が現れようとしているのです。

これらの現象から見ると、修道は色身の気脈の運転と切り離せず、健康な身体と切り離せません。身を修めてこそ心を修めることができ、身心がある程度まで転変すれば見道できるのです。だから修道は早く、若いうちに始めるべきであり、定年退職してから実修しようと待ってはいけません。その頃には身体の機能はますます弱まり、禅定 (dhyāna) の修行は比較的困難となり、見道も容易ではなくなるのです。


——生如法師の開示
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