衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2026年03月16日    月曜日     第2開示 合計4651開示

禅定は心を鍛え煩悩を調伏することができる

如春:以前は、俗世での修行で心の器量や智慧を磨けば、煩悩を超えられると思っていました。しかし後に気づいたのは、仏法の修行の力がなければ、俗世での修行は心を磨くのではなく、ただ別の煩悩を生み出すだけだということです。元の煩悩の代わりに別の煩悩が生まれるのです。例えば、物質的な享楽の追求から精神的な享楽の追求へと「昇格」したとしても、自分では高尚になったと思っていても、実際には狼の巣から虎の穴へ移っただけで、本質的には煩悩をグレードアップさせたにすぎません。今では、禅定の修行が人の生理構造を変えられるように思えます。例えば、脳がある種のホルモンの分泌を促進し、チャクラが開通することで、身心が喜びに満ち、情緒が安定し、落ち着いた心持ちになります。それを土台に、煩悩も自然と軽くなっていきます。

評釈:禅定は身を変え、身が変われば心に影響を与え心も変わり、心が変わればまた身を変え促す。身心世界が互いに影響し合い高め合えば、煩悩は自然と効果的に降伏される。しかし完全に断ち切るには、禅定に加えて「空」と「無我」の智慧が必要であり、定と慧を併せて煩悩を断ち切るのである。四加行と初果向の智慧によって、最も粗重な煩悩を降伏し断ち切ることができる。粗重な煩悩が断たれて初めて、道を見て我見を断つことができる。この時、「空」と「無我」の智慧によって、さらに細かい多くの煩悩を断ち切ることができ、初禅の定が生じる頃には、貪・瞋・癡の根本煩悩を断ち切るに至るのである。

——生如法師の開示
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