如春:青空師兄が三年で身体のこんなに多くの部位を通せたのは本当に羨ましいです。私は愚かで、座禅七年もやっているのに、自分がどこが通ってどこが通っていないのかさえよく分かりません。印象に残っているのは、座禅後に寝た時、夢の中で鼻から蜂のような虫を摘まみ出して、朦朧と半覚醒の状態で鼻腔全体が非常にさわやかで心地よかったことです。またある時期は座禅を始めるとすぐに気が上がって喉がかゆく乾き、耳の付け根に走り、耳の付け根全体がパチパチと音を立ててとても不快でした。最近はこうした状況はほとんどなくなりました。
またある時期は座禅をするとすぐに頭から大汗が出て、子供の頃から体が冷え性で真夏でも汗をかかなかったのですが、その時期は座るとすぐに頭から汗が出てきました。師父が「座禅中に身体に様々な反応が出るのは正常で、気にせず平常通り修行を続ければよい」とおっしゃっていたので、そのまま続けました。今は思考状態に入るとよく頭頂が張って締まる感じがします。思考するのがとても好きなのですが、思考が活発になりすぎて禅定の修行に影響が出るのではと少し心配です。ただ時々思考が自然に湧いてくるので、成り行きに任せるしかありません。
コメント:気脈が後頭部を通るとき、目・耳・鼻・舌の部位から病気が排出されます。排出が終われば健康になります。気脈がどこを通るとそこに問題が生じますが、気が通れば治ります。発汗は湿気を排出している表れで、排出されればよくなります。気脈が頭部を通ると、身体はほぼ修行が完成に近づき、身心ともに変化が現れます。この時点で見道(けんどう)は目前です。見道には身心の転換が不可欠であり、身心を転換させるには気脈が通じている必要があります。任脈は必ず通り、督脈は最低でも頭頂まで通じているか、あるいは任督二脈がともに開通していること。この時点で禅定は未到地定(みとうじじょう)に至り、かつそれが具足します。見道の条件はほぼ整ったと言えます。もう一つの前提条件として、見道に必要な法理(教理)が理解できていること。これが未到地定を具足することが見道に必須である理由です。
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