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日常法話

2026年03月01日    日曜日     第1開示 合計4632開示

胸腔が押し広げられる夢の寓意(2024-10-17)

如春:この数日、娘が怪我をして入院し、付き添いで病院に泊まっていました。昨夜やっと眠りについたところ、夢の中で娘が私に笑い話をしてくれました。私はとても嬉しくて大笑いしました。笑っているうちに胸腔に何か気が集まっているようで、その気が胸腔を押し広げるように感じました。私はとても不思議に思い、どうしてこんなことが起きるのだろうと驚いて、そこで目が覚めました。今朝起きてからもはっきりと覚えているのですが、どういう意味なのか分かりません。師匠、この夢は何かメッセージを伝えているのでしょうか?

答え:この夢の性質は予知夢ではなく、寓意夢であり、ある事実を示すためのものです。誰が誰に示したのか?意根が意識に示したのです。あるいは意根が嬉しかったので、この出来事を表現したのです。とても嬉しいことは必ず表現しないと、心が晴れやかにならず、息が詰まる思いがするからです。

意根は何が嬉しかったのでしょうか?それは、自分に少し禅定が身につき、正しい方法で法義を考えることを学び、多くの法を思惟できるようになり、しかも思惟して理解できるようになり、法義が少し通じるようになったからです。長期間たゆまず努力を続けた結果、ようやく初歩的な成果が得られたのですから、もちろん非常に嬉しいことです。そこでこのような夢を見るに至り、笑いながら目が覚めるまでになったのです。証拠は何でしょうか?夢の中で、胸の中に一団の気が集まり、思い切り大笑いしたことで、その気が胸腔を突き破り、胸腔の気脈が開かれたのです。これは禅定を指しています。もう一つは智慧を寓喩しています。胸腔は心の奥底とも呼ばれ、この場所が開かれるということは、心の奥底にある意根の智慧が開かれたことを指します。定と慧の両方が現れたのです。これはたゆまず努力を続けた結果です。

ある種の人は笨鳥(おろか者)の類に属します。しかし笨鳥は先に飛ぶことができ、勤勉に努力し、忍耐強く続けることができます。最終的に鳥はおろかではなくなり、智慧が備わります。これは喜ばしいことです。一方、ある種の人はおろかではなく、むしろ賢すぎるのです。どこまで賢いかというと、実際の修行を軽んじ、口先だけで、苦労や労力を嫌い、楽な道を貪り求めるほどです。その結果、こうした賢い鳥たちは笨鳥よりも劣ってしまうのです。智恵がかえって妨げとなり、後世には三悪道に堕ちて「賢い」ことになるでしょう。

ただの定と慧の初歩的な進展だけで、このような夢が現れたのです。それならば、果を証し、心を明らかにし、本性を見た後の、あの寓意に富んだ夢はどれほど殊勝で特別なものでしょうか?そして、ある人々が主張する「果を証した」「心を明らかにした」という状態には、何の良い兆しも現れません。これは何を意味するのでしょうか?偽りは真実になれず、真実は偽りになれないということです。自分を欺く者は、結局は欺けず、特に閻魔大王は一切欺けません。自分の如来蔵も欺くことはできません。その結果は自ずと明らかになるのです。

如春:師匠、ありがとうございます!修行の道のりには常に業障の爆発が伴い、とても困難で、心は戦慄し、刃の先に立つような思いです。ただ強い願力と信念に頼って、一つ一つ努力して乗り越えていくしかありません。乗り越えていくうちに、智慧も少しずつ上がってきました。十方の諸仏菩薩の加護と守護に感謝します。おかげでここまでやってこられました。菩薩のご加護がなければ、多くの問題にどう向き合えばいいのか分からなかったでしょう。

返信:誰しも無始劫以来の業障が重く、どうしようもないものです。だからこそ、直面した時に消す方法を考え、消せないものは耐え忍ぶしかありません。耐え忍び抜けば、そこには別の世界が広がります。業障に足を止められて立ち止まってはいけません。多くの場合、自分の業は他人に背負ってもらうことはできず、自分で耐え抜くしかありません。耐えられない業障などありません。誰しも無始劫以来、このようにしてやってきたのです。

——生如法師の開示
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