持経功徳分第十五原文:如是人等。则为荷担如来。阿耨多罗三藐三菩提。何以故。须菩提。若乐小法者。著我见人见众生见寿者见。则于此经。不能听受读诵。为人解说。
解釈:このように金剛般若波羅蜜経を受持し読誦することができ、しかも衆生のために広く宣説することができる人は、みな如来の家業を荷担することができ、将来も必ず阿耨多羅三藐三菩提を成就することになります。なぜこの経は大乗の菩提心を発した者のために説かれ、最上乗を発した人のために説かれるのでしょうか。須菩提、もし人が人天の小法を喜び好むならば、我見・人見・衆生見・寿者見に執着し、虚妄の五陰のために人天の小善法を修行し、五陰に人天の富貴栄華の果報を享受させようとします。その人は我が享楽するものがあり、人が布施を受け入れるものがあり、福を獲得できるものがあると見なします。そうすると、その人は如来の説かれた我相なく、人相なく、衆生相なく、寿者相なしという真実の法を信受せず、四相を離れた金剛実相心があることを信受しません。そうなれば、その人は金剛経を読誦せず、実相如来蔵を証悟することもなく、まして他の衆生のために大乗実相の法を演説することなど、なおさらありません。
また、自我の解脱を楽しみ執着する小乗の人は、内心においてもやはり四相に執着しており、自我の五陰があると誤って見なすため、自分の五陰の自我が再び苦しみと輪廻を受けることを恐れ、急いで涅槃に入り、三界の生死を出離して、大乗菩薩の法の修学に回心しようとしません。したがって、彼らもこの経を聴受し読誦しに来ることはなく、ましてこの経典を人のために解説することなど、なおさらできません。
原文:须菩提。在在处处。若有此经。一切世间天人阿修罗。所应供养。当知此处。则为是塔。皆应恭敬。作礼围绕。以诸华香而散其处。
解釈:須菩提、いかなる場所であっても、この金剛経があり、金剛不壊心如来蔵があるところには、一切世間の天人および阿修羅は、みなこの経典を供養すべきであり、大乗如来仏を供養すべきです。あなたがたは知るべきです。この経のあるところは、すなわち一つの仏塔であり、一つの荘厳な道場です。すべての衆生は恭敬供養すべきであり、身心ともに仏塔を囲んで作礼し、さらに種々の香花をここに散じて、香花をもって仏の塔廟を供養すべきです。
なぜこの経のあるところは、みな供養すべきなのでしょうか。この経は法身仏 (dharma-kāya-buddha) であり、如来だからです。この尊い仏を供養してこそ、はじめて最終的に成仏することができます。しかも主に受持読誦をもって供養し、依止修行をもって供養してこそ、はじめて最終的に成仏できるのです。なぜこの経のあるところが道場なのでしょうか。すべての修行はこの経をめぐって修めるものであり、すべての修行はこの道場の中で修めるものであり、すべての法はこの道場から来るものであり、すべての度衆の事業はこの道場において実行されるものであり、最終的に成仏することも、この道場において成し遂げられるものであり、一切種智 (sarvākārajñatā) も、この道場において円満するものであり、一切の仏国土も、この道場において成就するものだからです。なぜこの経に対して作礼し囲むべきなのでしょうか。いかなる衆生、いかなる法も、根本においてこの経を離れることができず、囲まなくても囲んでいるのであり、そうせざるを得ないからです。誰に無窮の力があろうとも、この経この塔から脱け出すことはできないのです。
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