以前、私も禅定を修めるとはどういう意味か分からず、念仏を唱えることの意味も理解していませんでした。ただ真似をして唱え続け、唱えているうちに非常に疲れを感じ、小声で唱えるようになりましたが、それでも疲れて続けられず、おそらく少し定力がついたのでしょう。当時は何も分からず、念仏定を修めるどころか、禅定が何の役に立つのかも知らず、ただ念仏が良いことだと聞いていただけでした。
私が仏法を学び始めてからは、朝夕に金剛経と弥陀経を一度ずつ唱え、仏様に礼拝するだけで、それ以外の時間は念仏を唱えていました。唱え続けるうちに非常に疲れを感じ、小声で唱えたり心の中で唱えたりしましたが、それでも疲れを感じ、全身がだるくて動きたくなくなり、ぼんやりと呆然として座り、唱え続けられなくなりました。当時はこれが空定(くうじょう)だとは知りませんでした。
2019年、私がこれらの状況を知らないうちに、ちょうど生如師父(しょうにょしふ)に出会い、庵で私たちに菩薩戒を授け、礼拝の仕方や呼吸念仏によって定を得る方法を教えてくださいました。一年か二年経ったかは忘れましたが、ある時ふとした瞬間に、頭の中で念仏の声が聞こえました。どういうことか分からず、不思議に思って手で耳をほじりながら、師父に教えを請うと、それは念仏三昧だとおっしゃいました。その後、師父の法義を請い、今まで学び続けています。
初めは声に出して唱え、慣れてきたら小声で唱え、さらに慣れたら心の中で唱え、そして非常に慣れて少し定力がついたような気がしたら、しばらく唱えてから止めて、頭の中に念仏の声があるかどうかを聞きます。もしなければ、定力はまだ深くありません。さらに唱え続け、聞き続け、心で聞き心で念ずるまで続ければ、そうすることで深くも浅くもない定に入ります。その後は口に出して唱えなくても、頭の中で念仏の声が聞こえ、聞こうとしなくても抑えられなくなります。これが甚深な念仏三昧を証得した状態です。甚深な三昧の中では、自分自身の頭の中の念仏の声だけでなく、風の音、車の音、鳥の鳴き声まですべてが念仏の声として聞こえます。さらに、考えず見なくても、頭の中に自然と法義が現れます。これが定を修め念仏する功徳の成就です。念仏三昧を成就したいと願う同朋の善友の皆様、この方法に従って修めれば、皆成就することができるでしょう。
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