衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2025年12月15日    月曜日     第1開示 合計4550開示

金剛経講義・仏法の相も打ち破らなければならない

すべての仏およびすべての成仏の法は、金剛心から生じ出たものである。したがって、衆生が仏法と呼ぶ法もまた非仏法である(これを仏法と名づく)。まず初めに、諸仏は後に成った仏であり、五蘊身三十二相は自身の無垢識が出生し変現したものである。平等性智、妙観察智、成所作智は自身の無垢識が変現したものである。無垢識は刹那刹那に七大種子を用いて仏の五蘊七識を出生し執持するため、諸仏は初めて現前に存在し得る。諸仏の成仏の法は、本無後に有る法であり、諸仏が三大無量劫の修行によって積み集めまとめ上げた経験の法である。これは因縁所生の法であり、定法ではなく、また仏の無垢識が出生し執持するものである。

したがって、衆生が称する仏法は、本来より有る法ではなく、真実の不生不滅の法でもない。ただ後になって仏法と名づけられたに過ぎず、仮名として仏法と呼ばれている。仏法は空無自性ではあるが、かといって非仏法でもない。なぜなら、これらの法には畢竟成仏の作用があり、現象界の存在があるからである。空無で見えない法ではない。

諸仏と諸仏の成仏の法の法相をことごとく破った後、金剛心と真如仏性を除いて、いったいどの法が真実に存在し、変異せず破ることができない法と言えるだろうか。もはや存在しない。最も至高無上の法の法相すら破ることができるなら、この世に破れない法相など存在しない。そうであれば、この世はまことに空虚で寂寥としたものであり、衆生が追い求め、執着するに値しない。皆、心を休めましょう。止息しましょう。妄りに造作を加える必要はありません。なぜなら、いかに造作を加えようとも、すべては空幻であり、何の役にも立たないからです。


——生如法師の開示
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