如来蔵はいくつかの法塵境を幻のように現じます、いわゆる独影境です。続いて意識を幻のように現じます、それが独頭意識です。意識は了別作用を現じ、それによって法塵境を知ります。この過程で、法塵境は来ず、意識は去らず、しかも境界像を了知します。これは諸法が来も去りもしないことを示しています。諸法の生滅もまた幻化の相であり、したがって諸法は生も滅もしません。
如来蔵の幻化の理を明らかに理解すれば、智慧が増長します。智慧が増せば増すほど、自分が以前いかに重い無明に覆われ、無自覚に理不尽にも一切の法に執着していたかに気づくでしょう。かつてはどんなに貴重だと思ったものも、今となっては取るに足らないものに見えます。今の人事がどんなに重要に思えても、将来智慧が増した時には取るに足らないものに感じられるでしょう。