戒律を守ることは修行に当たるのでしょうか？

甲曰く、修行の究極の目的は我執を破り、さらに法執を破ることである。我執・法執を破るには般若の智慧が必要であり、般若の智慧を成就するには禅定の助縁が求められる。禅定の助縁がなければ心は散乱し、たとえ般若の智慧を薫習したとしても力を発揮できないゆえ、定功を備えねばならない。禅定の基礎は戒律の保持にあり、戒律を通じてのみ、不善なる業を遮止し、身・口・意の三業を清浄に保つことができる。この時初めて般若の智慧をもって内なる貪瞋痴や我執などを破る力が生じるのである。

甲の意は、戒律保持が禅定を助け清浄心を保ち悪業を造らず、禅定の力の下で貪瞋痴の煩悩を断じ我執と法執を破ることを指し、このような戒律保持こそ修行であるとする。しかし私見では、単に悪業を造らない戒律保持だけでは不十分である。初発心の学仏者にとってはこれで十分とはいえ、未だ修行段階に入っておらず、故に修行とは言えない。

「修」とは自らの思想観念と身口意行を修正すること、「行」とは身体を以て実践し具体的に善法善業を造作することを指す。ただ悪を為さないだけでは足りない。衆生の身口意行は貪瞋痴の煩悩と無明に満ちており、これらの無明煩悩は善法をもって対治せねばならない。善が来れば悪は去り、善あれば福あり、福徳は第一に戒律保持を助け、第二に禅定を生起させ煩悩を降伏させ、第三に智慧を生起させ誤った思想観念を改め身口意行を清浄にし、身心世界を転換させる。単に戒を保ち悪を為さずとも善法を具足せず、大福徳を得られぬゆえ、未だ修行とは言えない。

乙曰く、小乗戒の保持は真の仏道修行ではなく、せいぜい修行の保障に過ぎず、菩薩戒を保持してこそ修行である。仏道修行は苦海を航行する船の如く、進路と道程が最も重要である。仏世尊が示された修行の道程図が第一に重要で、法船は第二である。ただ小乗戒を保つだけが何故仏道修行ではないのか。例えれば自らの小船が座礁せず漏水しないよう守りつつ、孤零零と苦海に漂い、自利も他利も成し得ぬ状態を指す。これでどうして自他兼利の修行と言えようか。

乙の見解は小乗のみの保持は未だ修行ではなく、大乗戒を保持してこそ修行であるとする。しかし大小乗ともに純粋な発心があれば全て修行であり、ただ目標が異なる。小乗は途中下車し、大乗は終点まで至る。戒律保持が修行か否かは、如何なる心行をもって戒を保ち、その指向する結果が何かによる。人天福報を求めて戒を保てば、人天福報を得ても悪業を造るか福尽きて堕落する。このような戒律保持は依然として堕落を招くゆえ、修行ではない。外道も戒を保ち、多くの者が五戒を厳守し心も清浄ながら、結局は外道のままで仏道に進まぬ。このような戒律保持も修行とは言えない。

小乗修行の目標は我見を断じ無我を修め、五蘊を是れ我とする思想観念を改め、五蘊の束縛を解脱することである。もし無我無私の心をもって戒を保てば我見を断じ解脱に向かい涅槃の果証を得る。このような戒律保持は修行に属する。逆に我ありの心で無我の行いをせず、心に我を計らい続けるなら、このような戒律保持は修行ではなく無我の果徳を得られず、戒福を得た後も堕落する。大乗は無我の心をもって他利の行いを為し、大菩提心を発す。このような戒律保持は修証の基礎となり、心性を改め定慧を増長させ、明心証悟へと導くゆえ、修行と称されるのである。