宇宙の器世間は諸法の一部であり、宇宙の器世間が生起したばかりのとき、何かの因縁あるいは助縁が器世間の出現を促したのでしょうか?ありません。器世間の生起を助ける法は見いだせません。たとえば地球が徐々に形成されていく場合、形成される前には、地球形成の助縁となりうるような法は存在せず、地球が形成されていく過程においても、同様に地球形成の助縁となりうる法はありません。それゆえ地球の出現は因縁性ではなく、宇宙の器世間の形成も因縁性ではありません。
では、宇宙の器世間の形成は自然性なのでしょうか?それには、自然性という概念の定義が何であるかを考えてみる必要があります。いわゆる自然性とは、自ずから然るものとして存在し、外界の要因の影響を受けず、常に存し常に在り、生ぜず滅せぬものであるはずです。たとえば地球の存在は自ずから然るものとしてあるべきであって、以前は存在せず、ある期間内に次第に形成されたというのではならず、後天的に形成されたものは自然ではありません。また、しばらく形成された後に、再び徐々に退化して消失し、滅び去るというのも、同様に自然ではありません。同様に、宇宙の器世間にも始まりと終わりがあり、生と滅があり、来と去があります。そうであれば、それは自然性ではありません。
以上を総合すると、宇宙の器世間は因縁性でもなく、自然性でもありません。では何の性なのでしょうか?すべて如来蔵性なのです。器世間の生々滅滅、そして生住異滅はすべて如来蔵によるものであり、いずれも如来蔵の七大種子によってその中に形成されたものです。生は如来蔵が生じさせるものであり、住は如来蔵が執持するものであり、変異は如来蔵が変ずるものであり、滅は如来蔵の種子が退くものです。それゆえ、宇宙の器世間はもとより諸法も、すべて如来蔵の特性なのです。
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