衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年02月12日    火曜日     第3開示 合計1253開示

持戒し罪業を懺悔してこそ禅定をよく修することができる

一切の法の証得は、本当に深い禅定の中でなければなりません。禅定が欠けていれば、学んだものは知識にすぎず、真の智慧ではありません。だからこそ、禅定と観行 (vipaśyanā-caryā) を重視しなければならないのです。

禅定が足りない原因は、心の散乱にあります。心が散乱する原因は、縁を求めることが多く、貪り求めることが多いからです。心を収摂すれば、必ず禅定が得られます。身心を収摂するには持戒が必要であり、持戒の前には受戒が必要であり、受戒の前にはすべての罪業を懺悔しなければなりません。罪業が消え、遮障が消え去れば、心は清浄 (viśuddha/pariśuddha) になります。

懺悔において、第一に種子を変えることです。造作した新しい業を懺悔し、古い罪業を相殺すること、その要点は「後にもう造さない」ことにあります。意識と意根が清浄になること、これが真の懺悔の結果です。この結果があれば、一つには業が消滅し、二つにはもう造さなくなります。もしこの効果がなければ、懺悔の心が誠実でない、すなわち偽りの懺悔なのです。

懺悔の後、罪業が消えたかどうかを判断するには、まずどのような罪業であるか、軽いか重いかを見なければなりません。重罪の場合はまるで~のようであり、その後、内心は以前よりずっと清浄になり、いくつかの障礙が消え、修行の速度が速まります。軽い罪業を懺悔した後も、心はやはり清浄なのです。

——生如法師の開示
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