衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年02月11日    月曜日     第1開示 合計1247開示

二十三祖鶴勒那大士伝法偈

原文:认得心性时,可说不思议;了了无可得,得时不说知。

解:修行を通じて明心し悟りを証して、自分の本心本性を認得したとき、はじめてこの心性が実に不可思議であることがわかります。衆生はどのように識心意識を用い、情解思量 (manasikāra/manana) しようとも、神様を思量 (manasikāra/manana) することはできず、神様の体性はそのように微細で知りがたいのです。自分の心性を認得したとはいえ、この心性はまた了不可得であり、神様は自分が本来有している家の宝物、一つの老古董(古い宝)であって、因縁が具足したときに掘り起こされるものであり、外から得るものではなく、他人が与えてくれるものでもありません。神様を認得したとき、その体性のすべてを了知したと言うこともできず、ただ総相を知ったにすぎません。そのほかのより多く、より深細な体性は、今後の修道の過程において、少しずつ探索し掘り起こしていく必要があり、最終的にようやく一切種智 (sarvākārajñatā) を獲得し、仏道を円満させることができるのです。

——生如法師の開示
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意根を推崇することは実証を推崇することである

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二十四祖師子尊者伝法偈

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