衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常開示

2023年01月18日    水曜日     第4 回の開示 合計3828回の開示

世間に対する真の厭離と仮の厭離の区別

世間法に対する厭離には、表面意識の厭離と深層の意根の厭離があります。表面的な厭離は単に意識が世間を退屈で無意味だと感じるだけで、口先だけの言葉に過ぎず、言うことと行うことが一致せず、本気で行動に移すことはありません。貪りも相変わらずで、何も変わりません。これは偽りの厭離です。しかし心に真の厭離心が生じた時、その思いは直ちに行動に現れます。世間の利益を得るために様々な手段を講じることを止め、むしろ世間の人々や事柄を避け、事を増やすより減らすことを選び、もはや世間に執着しなくなります。これが深層の意根から生じた厭離心であり、解脱へと繋がる心です。この境地に至るのは容易ではなく、多生にわたって修行を積んだ善根によるもので、浅学の者にこのような心の働きは決して生じません。

深層の意根における厭離を如何にして達成するか。まず禅定を修め、禅定の中で五蘊の苦・空・無常・無我を観じる必要があります。無常・苦・空・無我を初めて証得した後も、まだ世間に対する厭離心は生じません。さらに観行を深め、初禅定を発起して貪愛の煩悩を断じて初めて、世間に対する厭離心が生じ、もはや世間で生死を流浪し光陰を空費することを望まず、解脱の心、出離の心が現れます。故に出離心や厭離心は、深層の禅定と智慧なくしてあり得ず、禅定を修めなければ口先だけの厭離に終わり、実際には貪愛が甚だしく、少しも厭離せず、心と口が一致しない状態となります。

——生如法師の開示
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