衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2022年11月09日    水曜日     第2開示 合計3738開示

瑜伽師地論第三十四巻(三十七)

原文:此是变异生起因缘。非是诸行灭坏因缘。所以者何。由彼诸行。与世现见灭坏因缘。俱灭坏已。后不相似生起可得。非彼一切全不生起。或有诸行既灭坏已。一切生起全不可得。如煎水等。最后一切皆悉消尽。灾火焚烧器世间已。都无灰烬。乃至余影亦不可得。彼亦因缘。后后展转渐减尽故。最后一切都无所有。不由其火作如是事。是故变异。由前所说八种因缘。令变生起。自然灭坏。

解釈:これは諸行の変異という現象が生起する因縁であって、諸行が滅壊する因縁ではありません。なぜそう言えるのでしょうか。これは、諸行が世間において現見できる滅壊の因縁とともに滅壊したのち、相似た法が再び生起することはないという現象から見て取れますが、すべての法が生起しなくなるわけではありません。ある諸行は滅壊したのち、一切の法がまったく生起しなくなることもあります。たとえば水を煎(に)るように、煮るほどに減っていき、ついには最後にすべての水が消え失せるのです。

また、三災のうちの火災のように、器世間をことごとく焼き尽くしたのちは、灰燼さえ存在せず、さらには影すらも見えなくなります。これもまた因縁が絶えず変異するために、諸行が次第に減っていき、ついにはことごとく滅し尽くされ、最後には一切の法が存在しなくなるのです。器世間が滅し尽くされるのは、火災のために滅尽したのではありません。したがって、諸行の変異とは、前に説かれた八つの因縁によって変異の現象が生起し、諸行が自然に滅壊するのです。

諸行が生起する因縁は法の変異であって、法の滅壊ではありません。滅壊してしまえば法はなく、諸行もなくなります。諸行の滅壊はまた、無常と苦を表わすものでもあります。

——生如法師の開示
前へ前へ

意根が第八識の見分を我と執するとはどういう意味ですか

次へ 次へ

瑜伽師地論第三十四巻(三十八)

ページトップへ戻る