触れとは接触や触れることを意味し、有心触(うしんそく)と無心触(むしんそく)に分けられます。無心触とは物体の接触を指し、有心触とは識心の触れ、すなわち触心所法(そくしんしょほう)を指します。触れることがあって初めて、その後の了別(りょうべつ)が生じます。顔を合わせれば互いに認識し、会わなければ認識も理解もできません。意根(いこん)が法塵(ほうじん)に触れることは有心触であり、意識が生起した後、三者が和合して触れるとは、三者が互いに触れ合うことを指します。触れがなければ意識も存在せず、後の了別も生じません。この時、意根は法塵に触れると同時に意識にも触れ、意識は法塵に触れると同時に意根にも触れます。従って意識は法塵を了別すると共に意根の思惑を知り、意根は法塵を粗く了別すると共に意識の思惑をも知ります。法塵は同時に意根と意識によって触れられ、両者によって了別されます。意根はさらに意識の了別を通じて法塵を再了別し、法塵に対する明確な知が生じるのです。
ただし六識の触れは、有意の触れと無意の触れに分かれます。有意の触れは先に作意(さい)が生じ、作意とは心に意図がある状態を指し、その後作意された法に触れます。無意の触れは先に法に触れた後に作意が生じるもので、これは無心無意の触れであり、意根が完全に主導権を握った後の触れです。通常は突然の触れであり、準備のない触れとなります。
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