衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2022年05月13日    金曜日     第1 回の開示 合計3626回の開示

なぜ夢の中では夢と知らないのか

夢の中で夢を知るのは誰が知るのか。覚醒時に塵境を知るのは誰が知るのか。夢の中と外、第六識と第七識にはともに知覚作用があり、主に第六・第七識の知覚を以てする。第五識は現実の五塵境を知るのみで、夢中の境を知ることはできない。

意識の知覚作用は色身と深い関係がある。色身に障害があると、意識の知覚は弱まるか断滅する。四禅八定を得た者は色身に障害がなく、意識の知覚は清浄で広大であり、眠っていようと覚めていようと常に清明に知覚する。どれほど酒を飲んでも酔わず、酒が大脳中枢神経を麻痺させることがなく、したがって意識は影響を受けない。

意識の知覚は第七識の知覚とも深く関わる。一般的に第七識は一切法を知るが、ただし如実に知るか否かは別である。第七識が如実に知るこの部分が、如何にして意識に影響を与え、意識をもって知らしめ、知覚したものを適時に処理するかは、二つの識の間のコミュニケーション能力に関わる。いわゆるコミュニケーション能力とは智慧であり、意識の知る内容が如何に効果的に第七識に影響し染着するかもまた智慧の如何に関わる。

智慧は禅定と密接に関連する。禅定は心を静寂で平和で沈着させ、思考能力を増強し、智慧の力を大きくする。これにより二つの識の相互影響力は大きくなる。禅定はまた色身を無礙ならしめ、色身が無礙であれば意識に障害がなく、知覚は敏捷に通達し、効果的に第七識に影響を及ぼす。逆に第七識もまた意識に効果的に影響し、二者は相通じ、一切法を知ることに通暢で障害が少なくなる。

醒夢一如は修行によって得られる智慧の境界である。夢と知りつつ夢境に囚われないことが智慧である。この修行は主に禅定を指す。禅定は不可欠な修行段階であり、禅定があって初めて智慧が開発され、第六・第七識の知覚がより如実に理に適い、より真実に細やかに広大に知るようになる。睡眠の蓋を除いて初めて深い禅定が生起する。禅定が深い者は覚醒時には思考が明晰で、夢中でも顛倒せず覚醒時と同様に、境界を了知して無礙である。

凡夫の知覚には障害がある。俗に神通がないというが、神通ある者の知覚には障害がない。他心通・天眼通などがある。これが定慧の功徳果報である。夢中に夢と知ることは禅定が極めて優れた者が心清浄を得た果報である。済公和尚は四禅八定を得て神通を具え、どれほど酒を飲んでも神経系統が影響を受けず麻酔されず、意識は常に覚醒しており、一切の境界を如実に観察し知る。凡夫は眠ると意識が滅し、意根が意識に依って境界を了知するこの機能が作用しなくなる。ゆえに夢を見る時、意根の弁別力は微弱で夢と知らず、夢中の独頭意識の弁別力も極めて微弱で夢と知らない。修行ある者は禅定力が強く色身無礙で第六・第七識が清明なため弁別力が強く、夢中にあっても夢と知って迷わない。

窺基大師は四禅八定を得て神通を具え、夜眠る時も極めて清明で、凡夫の覚醒時よりも清明であった。第六・第七識が鋭敏で、眠った後で蚤の足が落ちて痛くて鳴く声さえ、窺基大師は聞き取ることができた。これが禅定力と神通力の功徳である。眠りながら蚤の鳴き声が聞こえるのは、未だ眠っていないことを示すのか。凡夫にとって睡眠は蓋であり、心を遮蔽して見ず聞かせず、恰も死人の如くである。睡眠の蓋を滅した者は、少量の睡眠で色身を滋養するに足り、禅定は初禅以上に達し、その心は清明で遮蔽が軽微、あるいは全く遮蔽がなく、睡眠時必ずしも意識を完全に断じないが、睡眠も充足する。これは凡夫と異なる。

特に神通ある者の睡眠は覚醒時と同様で、むしろ凡夫の覚醒時よりも清明である。古来、武術に優れた者は睡眠が浅く警戒心が高い。この警戒心は意識的なものと言えるが、意根にも確かに警戒心があり、その意識に対する機能作用は依然強力である。故に意根を離れて意識の機能作用を明らかにすることはできない。睡眠と昏沈は同類で、ともに蓋障に属し、識心の光明を遮蔽する。睡眠の蓋障が消除されて初めて初禅定が現れる。眠るほど昏沈するのは禅定の修行が不十分か、あるいは禅定がなく蓋障が重いことを示す。夢中で迷うほど禅定がなく、酒に酔いやすいほど色身の障害が大きく禅定がない。禅定の修行が深い者は色身を調理し、環境要因の影響を受けず、六識の機能作用の発揮を妨げない。故に定力は極めて重要で、仏法を学ばず修行しなくとも、禅定を修めればその受用は非常に大きい。

回向文:当ネットプラットフォームにおける全ての法弘通と共修の功徳を以て、法界の衆生に回向し、世界の民衆に回向し、世界の平和と戦争の不生を祈願します。烽火起こらず干戈永遠に止み、一切の災害ことごとく消退せんことを。各国人民の団結相助け慈心以て相対し、風雨順時に国泰民安ならんことを。一切衆生が因果を深く信じ慈心以て殺さず、善縁を広く結び善業を広く修め、仏を信じ学び善根を増長し、苦を知り集を断ち滅を慕い道を修め、悪趣の門を閉ざし涅槃の路を開かんことを。仏教の永き興隆と正法の永住を祈り、三界の火宅を変じて極楽の蓮邦とならんことを。

——生如法師の開示
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