衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常開示

2022年03月26日    土曜日     第1 回の開示 合計3597回の開示

瑜伽師地論第十巻十二因縁釈(七)

原文:また現法において、触縁による受に依りて、愛を起こす。境界を受用する縁により、広く追求を起こす。あるいは事業の門により、あるいは利養の門により、あるいは戒禁の門により、あるいは解脱の門により、欲求を起こす。内身を求め、邪解脱を求む。かくの如く求むる時、先に起こせる煩悩及び業の引きいる五趣生死の果を生ぜしむ。既に生を得たる後、老死随逐す。 

釈:現前の法において、触縁によって生じた受に依存し、愛が生起する。境界を受用する縁によって、広く追求が起こる。事業面においても、名利を得ることにおいても、戒禁を執することにおいても、解脱を求めることにおいても、貪欲な求めや五蘊の身への執着、邪な解脱への追求が生じる。このような貪求によって、以前に生じた煩悩と業が引き起こす五趣の生死輪廻の果が現れる。生を得た後、老死が必然的に続く。

原文:また次第の差別あり。三種の有情聚を謂う。一は出世間の清浄を楽しみ、二は世間の清浄を楽しみ、三は境界に執着を楽しむ。初めの聚によりて諸縁起を滅し、白き清浄の品を増す。第二の有情聚によりては、諸諦の道理を如実に知らず。正念に住すれば、福業を作し、あるいは有漏の修が引く不動業を作す。正念に住せざれば、非福業を発し、あるいは後悔の引く所となり、あるいは後悔せず歓喜の引く所となり、心相続して住す。

釈:三種の有情集団がある。第一は出世間の清浄法を求める者、第二は世間の清浄法を求める者、第三は境界に執着する者である。第一の集団は縁起法を滅し清浄な業を増す。第二の集団は四諦の理を悟らず、正念があれば福業や禅定による不動業を造るが、正念を失えば非福業を造り、後悔する者としない者に分かれる。

原文:彼らまた前に如く、下中上の生処次第により、当来の三種苦果を感ず。名色を先とし、触を最後とする。第三の有情聚により、現に受用する境より生ずる受に依り、現法において前の次第の如く、後の六支を起こす。受を先とし、老死を後とす。

釈:これらの者は前世と同じく、下中上の生処に応じた三種の苦果を受ける。名色を始めとし触で終わる前六支縁起によって苦が現れ、第三の集団は現世の受に基づき、受・愛・取・有・生・老死の後六支を生じさせる。

回向文:当ネットプラットフォームにおける全ての法施と共修の功徳を、法界のすべての衆生に回向いたします。世界の平和と戦争の終結を祈願し、全ての災難が消滅するよう希求します。各国人民が慈心をもって協力し、風雨順調で国家安泰であるよう。一切衆生が因果を深く信じ、善業を修め、仏法を学び、苦を悟り道を修めるよう。悪趣の門を閉ざし涅槃の道を開き、三界の火宅を極楽の蓮邦となすよう祈念します。

——生如法師の開示
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