衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年02月10日    土曜日     第4開示 合計11開示

証得の前はすべて推測と想像である

問:色身は如来蔵であると言うのは正しくないのでしょうか?色身は如来蔵性であると言うことしかできないのでしょうか?

答:色身と如来蔵は、パンと小麦粉の関係です。もし私が「一切の法はすべて如来蔵である」と言えば、それは正しいのですが、他人が同じように言えば、それは誤りとなります。なぜなら、私はありのままに観行(vipaśyanā-caryā)によって到達できているので、何と述べても理にかなっていますが、観行によって到達できていない人は、何と述べても正しくないからです。あなたがその道理を証得できれば、横に言っても縦に言っても、どのように述べても顛倒することはありません。証得できていなければ、それは推測と想像にすぎません。

一切の法の上にはすべて仏性の働きがあり、すべて仏性が働いた結果です。それゆえ、楞厳経の中で仏は「一切法都是如来藏性」と説かれたのです。

仏性が働いた後、如来蔵ははじめて造作することができます。仏性は目に相当し、心所法は手や足に相当します。

——生如法師の開示
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