根塵識の三法と言えば、当然六識の五つの遍行心所法に触れることになる:触、作意、受、想、思である。六識の触は三和合であり、三和合とは根・塵・識の三者の相合のことで、これを触と呼ぶ。三者のうち一つでも欠けてはならない。六根と六塵が相触れた後、第八識が六識を出生し、六識は六塵に触れに行く。それと同時に、六塵は依然として連続的に六根に触れ続けており、六根から離れたことは一度もない。なぜなら、内六塵は勝義根 (indriya) のところで出生するものであり、意根もまた常に法塵と相触れているからである。ここで言う触とは、根塵が相触れる触を指し、意根の触と第八識の触は含まれない。もちろん、意根と第八識の触は相分に直接触れるだけでよく、他の根によって引生される必要はない。
意根の触は、直接に第八識が変起した法塵に触れる。第八識の触は直接に根と境に触れるのであり、すなわち根身・器界に触れ、業種に触れるのである。六識の触心所と第七識・第八識の触心所には差別がある。六識の触心所は必ず根によって引生されなければならず、六根を離れては触が存在しない。受心所もまた同様である。受心所とは、六識が六根六塵に触れた後に生起する受であり、ここの受には領納・領受だけでなく、その後の情緒面の感受もあり、苦受、楽受、不苦不楽受である。しかし第七識と第八識の受は単純な領納・領受であり、少しの情緒も帯びず、苦楽受はなく、捨受 (upekṣā-vedanā)(不苦不楽受)のみと相应するのである。
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