衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年07月21日    水曜日     第1開示 合計3484開示

断我見(satkāya-dṛṣṭi-prahāṇa)観行(vipaśyanā-caryā)の方法と目標

断我見 (ahaṃkāra-mamakāra-parityāga)とは、五蘊の不実性・空性 (śūnyatā)・無我性を観行 (vipaśyanā-caryā)することであって、身体を何かの姿に変えることではありません。身体を変えるのは禅定の力に依るものであり、我見を断らなくても禅定だけを修めば色身を変えることができ、身体を不具合の不完全なものに変えることができ、それによって初めて色身に我なしと確認できるのです。身体が麻痺したり障害を負ったりしている人たちが、やはり我見が深重でないとでも言うのでしょうか。もし観行によって色身を黄金に変えられるなら、むしろ我見はいっそう重くなるかもしれません。肝心なのは思想認識の上で、現量によって色身は仮のものであり空であり不実であると認知すること、思想を変えることであって、身体を変えることではありません。身体を廃人に観じてはいけません。万一定力が増強されて、身体に本当に毛病が出てしまったら、それこそ困ったことではありませんか。身体は組み合わせられたものだと観じればそれでよいのです。

——生如法師の開示
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不同の行者の証法の階層はなぜ差異があるのか

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