衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2018年04月03日    火曜日     第3開示 合計297開示

三能変識が共に世間万法を変現すると言われる理由

問:一切の法がすべて第八識によって生じているのであれば、なぜ三能変識が共同して万法を変現すると言うのですか?

答:世間の一切万法は第八識によって変現されたものではありますが、単独の第八識だけでは外縁によらなければ一切の法を変生することはできません。第八識は相応の縁に依拠してはじめて一切の法を生じることができ、孤因では法は生じないのです。

唯識では三能変識を説きます。第八識は第一能変識、意根は第二能変識、前六識は第三能変識です。第八識は第七識と和合して根身・器界を変生し、さらに六識と和合してはじめて一切の法を生じることができます。もし前六識が変現に参与しなければ、多くの法は現行することができません。六識のすべての運行・活動は種子として第八識の中に貯蔵され、第八識はこれらの種子に依拠してはじめて万法を生じることができます。これらの業種がなければ、第八識もまた万法を生じることはできません。

四果の阿羅漢のように、彼らの六識の身口意行はすでに清静 (praśama) されており、世間の有為法を多く造作することを望まないため、三界世間の種子はもはや集まらず、意根も三界世間の法を執着しなくなります。すると彼らは臨終に入って無余涅槃 (Anupadhiśeṣa-nirvāṇa) に入り、その後は第八識だけが残り、いかなる法も生じません。したがって、三界世間の法の出生は、必ず三つの能変識が共同して和合して生み出すものであり、単独の第八識は法を生ぜず、法を変じません。私たちの現在の六識がすべて無為となり、身口意行を造作することを望まなければ、種子も生じず、未来世には五陰 (pañca-skandha) はもはや生まれず、生死の鎖は断ち切られます。三界世間の法の出現は、必ず八つの識が共同して働く結果なのです。

——生如法師の開示
前へ前へ

一切唯心造の含義

次へ 次へ

相分、見分と意根の恒審思量

ページトップへ戻る