問:座禅中に気機が持続的に発動し、ずっと頭部にあるとどうなりますか?
答:気脈がずっと頭部にあるのは、頭部に障害があって一時的に完全には通過できないからです。もし障害がなく気脈が円滑に通っていれば、気機という言い方はそもそもありません。頭部の気脈が貫通できれば、気血の循環が良くなり、思惟は非常に明晰になり、精力がみなぎり、智慧が開けます。一部でも貫通できれば相当に良いことです。気脈が貫通すると、心は清浄 (viśuddha/pariśuddha) になり、身体から香りが出て、非常に良い香りがし、気分は愉快で、快楽にして憂いがありません。
気脈が頭部で通過できないときは、耐えられるなら耐え、耐えられなければ、気が頭頂の百会穴から出ていくと観想するか、下座して散らします。ただし散らした後も再び頭部を衝撃するので、完全に貫通させてこそ問題を解決できます。頭部が完全に貫通していなくても、気機は過ぎていき、前側の任脈へ循環し、任脈から督脈へ、さらに頭頂へと至ります。ついに中脈に入り、頭頂から出れば、全身の気脈は完全に貫通し、身体にはもはや障害がなくなり、禅定 (samādhi) の修行は阻害なく円滑に進むようになります。今、禅定 (samādhi) が生じて観行 (vipaśyanā-caryā) ができるようになったならば、気脈のことはもう構わず、成り行きに任せればよいのです。
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