衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年01月09日    水曜日     第1開示 合計1169開示

修行の智慧が高くなるほど、分歧は少なくなる

ある言葉を聞いたり、ある物事を見たりすると、十人いれば十の観点があり、百人いれば百の意見がある。なぜそうなるのか。各自の識心が異なるため、認知も異なる。認知が異なれば、感受も異なる。感受が異なれば、反応も異なる。反応が異なれば、言葉や行動の造作も異なる。識心が一致した認知に達していないため、それぞれの認知の程度が異なり、一つの事柄について共通認識を持つことは不可能であり、共通認識がなければ、一つの事柄の発展と成功を実現するには大きな困難がある。世間の事が非常にやりにくいのは、まさにここにあるのでしょう!

他方で、仏仏道同じと言われる。なぜ道が同じなのか。それぞれの仏の修行はすでに円満に達しているからである。円満であるということは、極盡しているということである。いずれも極盡していれば、程度は必ず同じである。しかも、あらゆる面において同じであり、最も重要なのは智慧において同じであることだ。それゆえ、それぞれの仏はどんな事柄に対しても同じ見方を持ち、神様たちの間には永遠に食い違いや争いが生じない。つまり、修行の智慧が高い聖人ほど、その間の食い違いの部分は少なく、共通の部分が多く、より調和と黙契が得られ、共通認識に達することができるのである。

だからこそ、私たちの修行の目標は、自分の智慧を増進し、自分の知見を見地に変えることである。得道以後の知見を見地と称し、さらにその見地をますます円満にしていけば、すべての事柄は円融無碍になっていくであろう。

——生如法師の開示
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