答:清く明らかな「我」を体会するというのは、この「我」こそ最も観察・体会されやすい意識の様々な功能作用であり、この「我」が体会し、観察し、分析し、思考し、判断し、覚受し、感知し、択択し、思想し、推理し、求めているといった、これらの受陰、想陰、行陰、識陰の功能作用です。そしてこの「我」の様々な功能作用を知っている「知」は、意識の反観作用の知であり、意識心の「証自証分 (svasaṃvedana)」です。
その中で、この一切法の運作の過程において、意識の様々な知の中には、意根の知と第八識の知があり、いずれも意根と第八識の功能作用があります。意識が知るときには、必ず意根の「知」が相伴い、また必ず第八識の「知」が相伴います。意根の知が欠ければ、意識は必ず滅亡し、存在せず、生起することもできません。第八識の知がなければ、意識の知もまた必然的に存在せず、必然的に生起せず、必然的に滅亡し、消失します。
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