衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年05月15日    土曜日     第1開示 合計3397開示

禅定の功徳

如曌の観行 (vipaśyanā-caryā) 日誌:今日は左足片盤(片足を組む座法)半時間、右足片盤半時間、座った後まず楞厳咒を一遍誦した。その後心を凝らして気を静め、呼吸を観じた。まもなく全身が持続的に熱を帯び、四肢と顔に汗が出て、口中には絶えず唾液が分泌されてきた。丹田が熱くなるのは感じられなかったが、一息ごとにとても深く吸い込み、下腹が自然に膨らみ、観察が深まるにつれてさらに深く吸い込めるようになったようだ。左足片盤と右足片盤では身体の感覚と鼻孔の吸気量が異なるようで、身体の感受も完全には同じではない。個人的には現在前者(左足片盤)のほうが心がより定まりやすく、観察時間もより長い。 生活の中ではとても鈍く、遅く、大部分のことは心に入らず、多くの些細なことを覚えていられない。時々、頭を使うべき時に突然詰まったようになり、自分の心が何を考えているのか分からなくなることがある。人と話す時には相手が何を表現し何を発散しようとしているのかは分かるが、相づちの言葉が言えないし、口を開きたくもない。自他に苦受がある時には苦受の由来を思惟し、徹底的に集を断じて苦を滅したいと考える。 

まとめ:心念が集中するほど、身体の中の気が集中し、エネルギーが集中するため、気機が発動して全身が発熱する。禅定が非常に深い人は、身体が寒熱に敏感でなく、冬に多く着る必要がなく、夏に多く着ても暑く感じず、冬夏とも一衣(一つの衲衣)で済み、常に着替える必要がない。

禅定は浮躁の気をいくらか消し去ることができ、重要でないことには心を用いなくなり、まして権勢に媚びへつらうこともない。最初は言葉や動作が不器用に見え、行動力は弱いが観察力は深く透徹しており、心が細やかで敏感になり、人を見ること、物事を見ることは以前より精確で細やかになり、騙されにくくなる。少し大智若愚のところがあるが、実は心を小事に用いないだけであり、真の智慧は少しずつ高まっているのである。

——生如法師の開示
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