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日常法話

2018年05月08日    火曜日     第5開示 合計458開示

楞伽経中世尊が開示した十二因縁法(二)

原文:所以者何。世尊。外道说因。不从缘生。而有所生。世尊说。观因有事。观事有因。如是因缘杂乱。如是展转无穷。

解釈:大慧菩薩は言いました。なぜ外道の説くところは、あなたの説くところと合わないのでしょうか。世尊、外道は五陰が生ずる因を説きますが、生ずるための種々の縁を含んでおらず、いかなる縁もありません。種子業種・業縁などのように。神様あるいは神霊が五陰を生じさせるのです。ところが世尊、あなたは、一つの因が生ずるのを見れば、必ず事が起ころうとしていることが分かり、事物の生起を見れば、必ず因があることが分かると説きます。このように因と縁とが入り混じり、こうして展転していくと無窮に尽きることがありません。これはとても雑乱ではありませんか?

原文:佛告大慧。我非无因说。及因缘杂乱说。此有故彼有者。摄所摄非性。觉自心现量。

解釈:世尊は大慧菩薩に告げました。私は無因ではなく、因に関わらないで因縁法を説いたのではなく、また因縁法を雑乱に説いたのでもありません。此れ有るが故に彼有るというのは、能取と所取には自性がなく、自心現量を覚るということです。私の説く因縁法においては、次の法を生じさせる因と、生じさせられた法とは、いずれも自体性がなく、いずれも真実の法ではありません。たとえば無明縁行、無明が身口意行を生じさせる、無明があれば身口意行がある、これは仮法であって真実ではなく、真実に身口意行を生じさせているのは、別に真の因があって、無明ではありません。

またたとえば行縁識、身口意行があれば六識の生起があります。これも仮法であって真実ではなく、六識を生じさせる因には別に真実の法があります。またたとえば識縁名色、六識があれば名色の生起があります。これは仮法であって、名色を生じさせる因は六識ではなく、別に真の因があるのです。十二因縁はすべてこのような仮法であって、真実ではなく、真実の因はこれらではなく、因縁の中にはありません。一切法が生じて存在するのは、すべて自心が現じたものであり、すべて自心現量であることを知るべきです。自心こそが一切の因縁法が生ずる根本因であり、それがすなわち如来蔵 (tathāgatagarbha) なのです。

原文:大慧。若摄所摄计著。不觉自心现量。外境界性非性。彼有如是过。非我说缘起。

解釈:世尊は説きました。大慧、もし十二因縁法において、次の法を生じさせるものと生じさせられた次の法とが真実であると執著し (upādāna)、自心が生じ現じ変現したものではないと悟らないならば、無窮の過ちがあることになります。自心の外の一切の法はいずれも自体性がなく、相互に展転して生ずることはなく、この法は彼の法を生じさせることができません。無明は身口意行を生じさせず、行は六識を生じさせず、六識は名色を生じさせず、名色は六根を生じさせず、六根は触を生じさせず、触は受を生じさせず、受は愛を生じさせず、愛は取を生じさせず、取は三界の有を生じさせず、有は五陰の生命体を生じさせず、五陰は老死憂悲苦悩 (śoka-parideva-duḥkha-daurmanasyopāyāsa) を生じさせません。真実の法は、これらの因縁法はすべて自心が生じ、現じ、変現したものであるということです。外道たちの説く因縁法には多くの過ちがあり、私の説く因縁法ではありません。

原文:我常说言。因缘和合而生诸法。非无因生。

解釈:私は常に、因縁和合して初めて一切法を生じるのであって、無因に生じるのではないと説いてきました。因があり、また縁があり、因は自心如来蔵 (tathāgatagarbha) であり、縁は多くあります。たとえば無明の縁には、業縁・父母の縁などがあります。因縁が和合して初めて、種々の因縁法を生じるのであって、無因で縁だけで生じるのではありません。無明だけで自心如来蔵がなければ、衆生の身口意行は生じません。如来蔵がなく、身口意行だけであれば、六識は現れません。如来蔵がなく、六識だけであれば、名色は生じません。

如来蔵がなく、名色だけであれば、六入処 (ṣaḍāyatana) は生じません。如来蔵がなく、六入だけであれば、触はありません。如来蔵がなく、触だけであれば、受はありません。如来蔵がなく、受だけであれば、愛は生じません。如来蔵がなく、愛だけであれば、取は生じません。如来蔵がなく、取だけであれば、三界の有は生じません。如来蔵がなく、三界の有だけであれば、生命体は生じません。如来蔵がなく、生命体としての五陰 (pañca-skandha) だけであれば、老死憂悲苦悩はありません。

——生如法師の開示
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