坐禅三昧経:いったい心とは何か。この心は無常なり、因縁より生ずるが故に。生滅して止まらず、相似して生ずるが故に。ただ倒錯するが故に。これを一と謂う。本無くして今有り、已に有りて還って無し。故に無常なり。心の空なることを観知せよ。いったい如何にして空なるか。因縁より生ず。眼有り色有りて見るべきもの有り。憶念して見んと欲す。かくの如き等の和合によって眼識生ず。
六識は空なり、因縁より生じ出づるが故に。例えば眼識の生起には、一つの条件として眼根が存在し、一つの条件として色塵が存在し、一つの条件として憶念が存在し、一つの条件として見んとする欲求が存在する。これらの因縁条件が和合して、眼識は生じ得る。
ここに問題が生ず:一、どの識が憶念するのでしょうか。それによって眼識が生じるのですか。
二、どの識が色を見んと欲するのでしょうか。それによって眼識が生じるのですか。
意根の憶念性と色を見んとする欲求性が眼識を引き起こして色を見させるのである。では、意根には念心所が存在するのでしょうか。意根には欲心所が存在するのでしょうか。
眼識が色を見るのは意識の駆使によるのではなく、必ず意根の駆使による。一切の法は意根の駆使によって生じ出づる。故に意根には必ず憶念性の念心所と欲心所が存在し、このようにして万法は世間において運行し得るのである。
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