問:呼吸を観察するとき、どの識心が呼吸を操っているのですか?いくつの識心が呼吸を観察しているのですか?なぜ呼吸を観察すると、体が熱くなって汗をかくのですか?発熱して汗をかくとき、どの識心がコントロールしているのですか?
答:呼吸を観察するときは意識が観察しており、身識の覚知があるので、五倶意識 (pañcavijñāna-sahagata-manovijñāna) が覚知するのです。精力が集中していれば、意根も意識とともに同時に観察します。精力が集中していないときは、意根はわずかに縁するだけで、専注していないため、特別な感覚や考えも生じません。観察するとき、意念が呼吸に従って丹田まで至ると、丹田は温かくなり、熱が放散して、自動的に汗をかくこともあるでしょう。これらの法は如来蔵 (tathāgatagarbha) が縁に随って変現したものであり、因縁によって生じたもので、必ずしもどの識がコントロールしているというものではありません。コントロールしようとする心があると、心念が散乱して、禅定(じょう)はかえって浅くなってしまいます。 非常に深奥で観察が難しく、現段階の修行にとっても特に役に立たないような法については、無理に探求する必要はありません。精力を集中して今このときのことをしっかりやり遂げることです。二羽の鳥が林にいるより一羽の鳥が手にある方がましで、我見 (ātma-dṛṣṭi) を断てることこそが本当の実力なのです。
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