衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年05月29日    火曜日     第2開示 合計557開示

戒定無ければ実証は語れない

戒は定の前提であり基礎です。戒を守らずに定を修めることは、砂や石を蒸して飯を作ろうとするようなもので、ついに飯となることはありません。末法の時期において、戒を守る人はすでにごくわずかとなり、戒体を得た人もすでにごくわずかとなりました。なぜなら、人に戒を授ける者自身がそもそも戒体を持っていなかったり、戒を犯して戒体を失っていたりするため、他の人はその人から戒体を得ることができないからです。

それゆえ、今日仏法を学ぶ人の中で禅定を成就できる人は非常に少なく、まして観行 (vipaśyanā-caryā) の智慧を備えることはいっそう難しいのです。大多数の人は、ただ書物を読んで理解するだけで、何かを得た、何かを証したと思い込んでいます。禅定という観行の基礎であり必要十分な条件がなければ、実証などそもそも論じようがなく、三歳の子どものように口禅を弄び、大道理を並べることしかできないのです。

——生如法師の開示
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意識の熏習と意根の親証

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