意識の念力が意根を薫修し、意根の念力を具足させ、信が成就します。あらゆる法は初めに意識の薫修によって導かれ、意根が具足することによって、すなわち実証となり、修行は成就します。
身心が実有でないことを証得してこそ、解脱を得られます。身心は実有でないと考えるだけでは、解脱を得ることはできません。考えることと証得することの間の距離は、遠くも近くもあり、すべてその人の修持の程度によります。修持がなければ、その隔たりはおそらく多くのカルパを要するでしょう。
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