実法はいくつかの層次に分けられるが、それゆえに虚法もまた幾つかの層次に分けられる。最も実なる法とは、不生不滅の法、すなわち法界実相如来蔵であり、生ずることもなく滅することもないがゆえに、こそ実と称される。如来蔵に比べて他の法はすべて虚法である。それらは生滅するがゆえである。
虚法の中にも相対的な実法が存在する。それは如来蔵が単独または共同で六大種子を出力して形成する最も原始的な法である。例えば衆生の色身肉体と七識心、宇宙器世間の六塵の境界、すなわち六識が現れる以前の七識心の外部世界である。この部分は如来蔵と比べれば虚妄不実に属するが、六識の見るものと比べれば、より実質的であり、実なる四大種子・五大種子・六大種子によって生成された法である。
如来蔵がこの実法に依り、転変して現出させる法は、さらに一歩進んだ虚法であり、六識の見る勝義根内のすべての六塵境界である。
そして業障の故、および六根の問題により、六識の見る六塵境界に偏りが生じる。これが最も虚妄不実の法である。この中にはなお幾つかの異なる層次の実と虚が存在するが、あまりにも深微であるがゆえに観察しがたく、縁に遇って初めて一二を解析し得るのみである。
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