(三)原文:又诸缘起。差别说四。一者刹那。二者连缚。三者分位。四者远续。云何刹那。谓刹那顷。由贪行杀。具十二支。痴谓无明。思即是行。于诸境事。了别名识。识俱三蕴。总称名色。住名色根。说为六处。六处对余。和合有触。领触名受。贪即是爱。与此相应诸缠名取。所起身语二业名有。如是诸法起即名生。熟变名老。灭坏名死。复有说者。刹那连缚。如品类足。俱遍有为十二支位。所有五蕴。皆分位摄。即此悬远。相续无始。说名远续。
釈:すべての縁起法は、その差別によって四種あると説かれる。第一に刹那、第二に連縛、第三に分位、第四に遠続である。刹那とは何か。刹那とは、刹那の間に貪心によって殺業を行うことであり、この業行は十二有支を具足する。痴は無明であり、思は行であり、六塵の境界上における了別を識と名づけ、識に伴う三蘊(受・想・行)を総称して名色と名づける。識の住するところを有色根とし、色識の和合に六処があり、六処が六塵に対して和合すると触があり、触を領納するを受と名づけ、受する時に生じる貪を愛と名づけ、貪愛に相応する煩悩の纏縛を取と名づけ、取の後に生起する身と語の二種の業行を有と名づける。このようにして一切法が生じるのを生と名づけ、生じた法が成熟変異するのを老と名づけ、滅壊するのを死と名づける。また一つの説として、刹那と連縛は『品類足論』に説かれるように、ともに有為の十二支位に遍在し、すべての五蘊はみな分位に摂される。すなわちこれが遥かに遠く、無始より相続しているのを遠続と名づけるのである。
原文:世尊于此意说者何。颂曰。传许约位说。从胜立支名。论曰。传许世尊唯约分位。说诸缘起有十二支。若支支中皆具五蕴。何缘但立无明等名。以诸位中。无明等胜故。就胜立无明等名。谓若位中。无明最胜。此位五蕴。总名无明。乃至位中。老死最胜。此位五蕴。总名老死。故体虽总。名别无失。
釈:世尊はこの観点をどのように見ているのか。頌にこう説かれている。伝えて許すところによれば、位を約して説き、勝れたものから支の名を立てる、と。論によれば、伝えて許すところでは、世尊は分位のみを約して諸縁起に十二支あると説かれたのである。もし各々の支の中にすべて五蘊が具わっているならば、何の縁故に無明などの十二の名のみを立てるのか。これはすべての位の中で無明などが勝れているからであり、勝れたものに就いて無明などの十二の名を立てたのである。すなわち、ある位の中で無明が最も勝れていれば、この位の五蘊を総じて無明と名づけ、さらには位の中で老死が最も勝れていれば、老死位の五蘊を総称して老死と名づける。それゆえ、体は総説であっても、名に差別があっても過失はないのである。
原文:何缘经说。此十二支与品类足。所说有异。如彼论说。云何为缘起。谓一切有为。乃至广说。素怛缆言。因别意趣。阿毗达磨依法相说。如是宣说。分位刹那远续连缚。唯有情数。情非情等是谓差别。契经何故。唯说有情。颂曰。于前后中际。为遣他愚惑。论曰。为三际中。遣他愚惑。三际差别。唯在有情。
釈:何の縁故に経中では、この十二支が『品類足論』に説かれるものと異なっていると説かれるのか。『品類足論』に説かれるように、縁起とは何か。縁起とは一切有為法であり、乃至広く説かれる経中の言葉である。アビダルマは法の相貌に依拠して、一切法が生ずる因に差別があると説き、その法の意趣が異なってくるのである。このように縁起法の分位・刹那・遠続・連縛を宣説するのは、有情のみにこれらの差別があるからである。有情と非有情とを差別と称するが、契経の中でなぜ有情のみを説き、無情を説かないのか。頌にこう説かれている。前際・後際・中際において、他の愚惑を遣除するためである、と。論に説くには、三際において他の愚痴迷惑を遣除するためであり、三際の差別は有情の身にのみ存在し、無情には差別がないのである。
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