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日常法話

2021年02月01日    月曜日     第2開示 合計3052開示

瑜伽師地論第十巻(十二因縁)

(十九)原文:问。云何说言。此有故彼有。答。由未断缘。余得生义故。问。云何此生故彼生。答。由无常缘。余得生义故。问。何故说言。有生故有老死。要由生缘。而有老死。如是乃至。无明望行。答。由此言教道理。显从无实作用缘。余得生义故。

解釈:問:なぜ「此れ有るが故に彼れ有り」と説くのか。答:まだ(有を)断じ尽くしていない縁があるために、他の法が生じ得るからである。問:なぜ「此れ生ずるが故に彼れ生ず」と説くのか。答:無常(生)の縁があるために、他の法が生じ得るからである。それゆえ「此れ生ずるが故に彼れ生ず」と説くのである。

問:なぜ生があるが故に老死があると説き、生の縁がなければならず、それによってはじめて老死があると言うのか。その他の十一支分もなぜ同様に、無明があるが故に行があり、行があるが故に識があり、識があるが故に名色があり、名色があるが故に六入があり、六入があるが故に触があり、触があるが故に受があり、受があるが故に愛があり、愛があるが故に取があり、取があるが故に有があり、有があるが故に生があると言うのか。答:生縁老死という道理によって、真実の作用のない縁から、他の法が生じ得ることが顕示されるからである。生支は真実の法ではなく、真実の作用を持たないが、しかし老死という現象が生じる縁となることができる。その他の十一支分も同様であり、無明は実法ではないが、実際の作用を持たないが、しかし行支が生じる縁となる。同じ理屈で、行支もまた識支が生じる縁となるのである。

原文:问。何故说言。有生故有老死。非离生缘。而有老死。如是乃至。无明望行。答。由此言教道理。显从自相续缘。即自相续。余得生义故。

解釈:問:なぜ生があるが故に老死があり、生の縁を離れて老死があるのではないと説くのか。なぜ無明の縁があれば行があり、無明を離れて行があるのではないと言うのか。なぜ行の縁があれば識があり、行を離れて識があるのではないと言うのか。このように乃至、有の縁によって生があり、有を離れて生があるのではないと言うのか。答:生縁老死という言教の道理によって、生自身の相続の縁から、すなわち生自身の相続によって、他の支分が生じ得ることが顕示されるからである。それゆえ生縁老死と説くのである。無明縁行、行縁識などもまた同様である。

——生如法師の開示
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父子合集経講記(一〇九)

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