(一)原文:即ち現法において説く。無明を縁として行生じ、行を縁として識生ず。この識は現法において因識と名づく。後の生の果識を摂受する能きが故なり。また総じて一切の識に依り、六識身と説く。またこの識は、後の有名色の種子の随逐する所なり。この名色の種子は、後の有六処の種子の随逐する所なり。この六処の種子は後の有触の種子の随逐する所なり。この種子触は後の有受の種子の随逐する所なり。かくの如く総称して中際において後の有を引く因と名づく。識を引き乃至受一期の身を受くることを能うは、これに由ることを知るべし。
釈:一切の現実存在の法において説く。無明を縁として行が生じ、行を縁として識が生ずる。この識は現前の法において因識と呼ばれ、この識が因となり業を造り後に果報識を引くことを示す。また六境に依る一切の識を総称して六識身と説く。この六識身は後の有名色の種子に随逐され、六識身の造業により後の名色の種子が生じ、これに依って後の名色が生ずる。この名色の種子は更に後の六処の種子に随逐され、六処の種子は触の種子に、触の種子は受の種子に随逐される。これら総て中際において後の有を引く因となり、識が一期の身を受ける所以となる。
原文:故に先の異熟果の愚により後の有を引き、更に第二の境界より生ずる受果の愚により、境界に縁る受愛を起こす。この愛により、欲求を発し、あるいは有求を発し、欲取を執り、あるいは見戒及び我語取を執る。この愛取和合し資潤して、前の引因を転じて有と名づく。即ち後の有の生因に摂せらる。この無間命終したる後、先の引因に随い、引かれたる識等は受を以て最後とす。これらの行生は漸くに或いは頓に。
釈:前世の異熟果に対する無明により後の有が生じ、境界接触による受の無明より境界への愛が起こる。愛により欲求・有求を発し、欲取・見戒取・我語取を執着する。この愛取が和合し前因を潤して有(後の生存)を形成する。命終後は引因に従い識等が受を最後として、業行が漸次或いは頓時に生起する。
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