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日常法話

2020年12月27日    日曜日     第1開示 合計2942開示

『長阿含経』巻一——十二因縁

(二)原文:复作是念。生死何从。何缘而有。即以智慧。观察所由。从生有老死。生是老死缘。生从有起。有是生缘。有从取起。取是有缘。取从爱起。爱是取缘。爱从受起。受是爱缘。受从触起。触是受缘。触从六入起。六入是触缘。六入从名色起。名色是六入缘。名色从识起。识是名色缘。识从行起。行是识缘。行从痴起。痴是行缘。是为缘痴有行。缘行有识。缘识有名色。缘名色有六入。缘六入有触。缘触有受。缘受有爱。缘爱有取。缘取有有。缘有有生。缘生有老病死、忧悲苦恼。此苦盛阴。缘生而有。是为苦集。菩萨思惟。苦集阴时。生智生眼。生觉生明。生通生慧生证。 

解釈:太子の心にまた念じられた:生死はどこから来るのか?どのような因縁によって有るのか?と。そこで智慧をもって生死の来由を観察した。老死は生から来り、生は老死が生ずる因縁である;そして生は三界の有から来り、有は生が生ずる因縁である;有は取から生じ、取は有が生ずる因縁である;取は愛から来り、愛は取が生ずる因縁である;愛は受から来り、受は愛が生ずる因縁である;受は触から来り、触は受が生ずる因縁である;触は六入処から来り、六入処は触が生ずる因縁である;六入処は名色から生じ、名色は六入処が生ずる因縁である;名色は六識から来り、六識は名色が生ずる因縁である;六識は行から来り、行は六識が生ずる因縁である;行は意根の無明から来り、無明は行が生ずる因縁である。

だからこそ、愚痴があるがゆえに行があり、行があるがゆえに六識があり、六識があるがゆえに後世の名色があり、名色があるがゆえに六入処があり、六入処があるがゆえに触があり、触があるがゆえに受があり、受があるがゆえに愛があり、愛があるがゆえに取があり、取があってこそ有があり、有があるがゆえに生があり、生があるがゆえに老病死憂悲苦悩(śoka-parideva-duḥkha-daurmanasyopāyāsa)がある。この苦盛陰は生があるがゆえにこそ現れるのであり、これが苦集である。太子菩薩は苦陰の集を思惟する時に、縁生の智を生じ、法眼を生じ、覚悟を生じ、明達を生じ、通明を生じ、智慧を生じ、明証を生じた。

原文:于时菩萨。复自思惟。何等无故。老死无。何等灭故。老死灭。即以智慧。观察所由。生无故老死无。生灭故老死灭。有无故生无。有灭故生灭。取无故有无。取灭故有灭。爱无故取无。爱灭故取灭。受无故爱无。受灭故爱灭。触无故受无。触灭故受灭。六入无故触无。六入灭故触灭。名色无故六入无。名色灭故六入灭。识无故名色无。识灭故名色灭。行无故识无。行灭故识灭。痴无故行无。痴灭故行灭。是为痴灭故行灭。行灭故识灭。识灭故名色灭。名色灭故六入灭。六入灭故触灭。触灭故受灭。受灭故爱灭。爱灭故取灭。取灭故有灭。有灭故生灭。生灭故老死忧悲苦恼灭。菩萨思惟。苦阴灭时。生智生眼。生觉生明。生通生慧生证。 

解釈:この時、菩薩はまた独りで思惟した。どのような法が無くなれば老死が無くなるのか、どのような法が滅すれば老死が滅するのか、と。そこで智慧をもって老死が滅する縁由を観察し、生が無くなれば老死が無くなり、生が滅すれば老死が滅することを証した;有が無くなれば生が無くなり、有が滅すれば生が滅する;取が無くなれば有が無くなり、取が滅すれば老死が滅する;愛が無くなれば取が無くなり、愛が滅すれば取が滅する;受が無くなれば愛が無くなり、受が滅すれば愛が滅する;触が無くなれば受が無くなり、触が滅すれば受が滅する;六入処が無くなれば触が無くなり、六入処が滅すれば触が滅する;名色が無くなれば六入処が無くなり、名色が滅すれば六入処が滅する;六識が無くなれば名色が無くなり、六識が滅すれば名色が滅する。 

名色が滅するがゆえに六入処が滅し、六入処が滅するがゆえに触が滅し、触が滅するがゆえに受が滅し、受が滅するがゆえに愛が滅し、愛が滅するがゆえに取が滅し、取が滅するがゆえに有が滅し、有が滅するがゆえに生が滅し、生が滅するがゆえに老病死憂悲苦悩が滅する。太子菩薩は苦陰が滅する時を思惟して、因縁の智を生じ、法眼を生じ、覚悟を生じ、明達を生じ、通明を生じ、智慧を生じ、明証を生じた。

——生如法師の開示
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