衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2020年12月22日    火曜日     第2開示 合計2930開示

父子合集経講記(七二)

<h2 style="text-indent: 2em;">眼根が色境に縁ずる三種の相</h2>

原文:大王。诸根各各。乐着境界。眼缘色时。而生爱乐。是故说色。为眼境界。又此眼根。缘于色境。有三种相。见可爱色。起于贪想。不可爱色。起于嗔想。非爱非恶。而起舍想。

解釈:仏はおっしゃる。大王よ、六根はそれぞれ各自に対応する境界を愛楽し貪着している。眼根が色塵に縁するとき、心は愛楽を生じる。それゆえ、色塵は眼根の縁ずる境界であると言うのである。また、この眼根が色境に縁するとき、三種の相が生じる。第一の相は、眼根が愛すべき色塵の境界に触れると、心が貪愛の想を生じること。第二の相は、眼根が愛すべきでない色塵の境界に触れると、心が瞋恚の想を生じること。第三の相は、眼根が愛すべきでも憎むべきでもない色塵の境界に触れると、心が捨の想を生じ、愛でも厭いでもない状態になることである。

眼根は色境を愛楽し貪着し、耳根は声境を愛楽し貪着し、鼻根は香境を愛楽し貪着し、舌根は味境を愛楽し貪着し、身根は触境を愛楽し貪着し、意根は法境を愛楽し貪着する。諸根はそれぞれ各自に対応する境界に貪着する。眼根が対するのは色だけであり、声を縁することはできず、耳根は声しか縁することができず、触塵を縁することはできない。凡夫の六根は互いに通用しないのである。聖者が一定の段階まで修行すると、六根は互いに通用するようになり、眼根は声を縁し味を聞くことができ、耳根は色を縁し味に触れることができ、意根は色を見て思惟することができる。六根が相通じれば、互いに代替することができる。六根はもともと相通じているのだが、衆生が塵境に対して迷執と貪執を抱くために、一種の功用の中で六種の功用に分かれ、各根に分界ができたのである。修行によって六根の迷執を破り、心が通じるようになると、六根は互いに通用し互いに用いることができるようになる。そのときには色身がなくても、やはり触塵を感じることができ、微風や暖かな陽ざしを感じることができる。一根が六根の用をなすことができ、六根の機能を統一することができるのである。

六根が六塵に縁するとき、心の感受には三種の状態がある。一つは好きということで、一つは嫌悪ということで、もう一つは好きでも嫌悪でもない、すなわち捨の状態である。修道する者にとって、心はどのような状態を保つのがよいのであろうか。修道する者は、心を平和に保ち、一切の境界に対して、好きでも嫌悪でもなく、中道で無所住の状態を保つこと、それが捨の状態なのである。

——生如法師の開示
前へ前へ

真修実証して現量の智慧を有するにはどうすればよいか

次へ 次へ

修行とは何を修めるのか

ページトップへ戻る